中世の修道女ヒルデガルドのレシピで

クッキーやら、スパイスケーキやら

作って食べていたら、腹痛。


これはなんだ!?とびっくりしていると、

体内のガンのもとになるものを

身体から引き剥がしますと告げられました。


七転八倒苦しんだあと、嘔吐して、

やっと回復しました。


私が食べ過ぎたせいで急激な変化に

なったのかなあ?


天使のアドバイスがなかったら、

病院に行って、点滴とか受けたかもって

くらいに、水も飲めないで嘔吐してしまって、すごくびっくりしました。



ポテトチップスとか、ジャンクな

あーいうのは本当に食べるのやめよう。。。


最初から身体に悪いものを摂らなければ、

こんな解毒はないんだよ!と叱られました。


主への祈りを捧げました。



全ての人が神の愛を知り、

キリストの愛によって

救われますように。


全ての人が愛と光の世界に

導かれますように。

口コミでは悪評もあるみたいですが、

私は好きでした。




まず、映像が綺麗!でうっとりしました。




fearless


fair


brave


true


と、白雪姫が統治者としてあるべき美徳を教えられて育ち、王の亡きあとも、どんな境遇でも、美徳を護って、立ち上がるというストーリーは、わたしは好きでした。


武力的に無力でも、どんなひとに対しても敬意をもって接し、愛の力でひとびとの心を揺り動かして、眠っていた愛を目覚めさせ、勇気をもって愛に基づいた選択、行動に導くのは、おとぎ話のプリンセスらしいなと思いました。



たとえ、なにももっていなくても、

その心の強さと美しさで、

ひとを動かし、国を動かすことが

できるのだと。


一人ひとり皆に愛される心と行動こそが

統治者としてあるべき姿なのだと

メッセージを受け取りました。






白雪姫役の女性の自由な発言が目立つようですが、白雪姫が女王に対しても汚い言葉遣いがなく、一貫して上品だったように、彼女自身も気品高く振る舞うべきだったのだろうと思います。若くして注目を浴びてしまったがゆえのミスだったのかもしれません。




放蕩息子が改心して家に帰ってくると、

皆で盛大にもてなしたという話があるのですが、



魂の成熟度が低くて、

もともと

神の戒律が理解できなくて、

外れていたものが、

自分が間違っていたと気が付き、

神の戒律は正しいものだったと

気が付き、

生き方を改めるというのは、


魂の成熟度が大幅にアップした


ということなのです。


だから、盛大にもてなしました。



でも、もともとの成熟度が高くて、

神の戒律を理解していた人が

誘惑に負けたとしたら、


魂の成熟度が堕ちてしまった


ということなのです。



なせ神の戒律が正しいのか理解せずに、

ただ何も考えずに、従うことで見返りを得たいと望んで従っているひとは、


放蕩息子が理解した

神の戒律が正しい理由をわかっていません。


なので、帰ってきた放蕩息子のようには

褒められません。



神の戒律を護って生きることは

喜びです。

ただ、喜びと共に生きる日々に

感謝したらいいのです。


喜びと共に神と生きることを

わかちあえるひとが増えたら、

とても嬉しい。


だから、帰ってきた放蕩息子を

歓待するのです。

私は小さいときから、

食事について悩むことがありました。



私は動物も植物も可愛いのに、

殺して食べてしまうことが

とても嫌でした。

食べなくては自分が死んでしまうから

食べなくてはならない。

でも、可愛い動物や植物を食べるなら

死んでしまいたいと思っていました。


食べずにいると親や教師が怒るので、

嫌々食べて、憂鬱な気分でいましたが、

そのうち、なにも考えなくなられました。

ただ、やはり食べることは好きではなくて、

大人になって誰にもとやかく言われなくなると、めまいなど身体に不調を起こすまでなにも食べない日もあって、BMIは17でした。





最近はキリストや仏陀は、動物たちが進んでその身を喜んで捧げたという逸話を読み、

人間は全て、動物や植物が進んでわたしを食べてほしいと望むような、優れた精神性をもつべきなのだと思いました。



なので、日々の食事となった

動物や植物の命の犠牲に値するよう

毎日を精進していきたいと思います。


そして、筋トレやジョギングなどをしながら、身体を若々しく保つために必要な食事を

しっかりしようと思いました。


また、食事の際にはいつも神への感謝をささげ、料理に神の祝福を与えてから、食べたいと思います。


私は実は感謝を伝えるのが下手です。

照れくさいというか、嬉しい!って笑顔を見せるのが恥ずかしいというか、ぎこちなくなるのです。


でも、愛情に基づいた行為って

とてもかけがえのない大事にするべき

ことだし、言葉で表現することも大切です。


わたしは、もっと素直に表現することを

学びたいなあ。

親身な振りをしたセールストークは、

ひとの心を裏切る行為です。



私は子どもの学習塾を探すときに

とても苦労しました。


子どもを預けるなら、

愛と思いやりと知性に溢れた

尊敬できる人物におまかせしたい

と思ったからです。



でも、どこの塾に行っても、、、、。



学校の先生たちくらいに

子ども想いなひとを探したいだけなのに、

どこにもいなくて、びっくりしました。



なので、結論は行かない。



東大合格者を毎年輩出する

地元校に無事合格し、

問題はありませんでした。



学校の先生になるには、

教員免許を取得し、

採用試験に合格しなければなりません。

やっぱり、このふるいがあるから、

良い人材が集められるんだなあと

思いました。



高学歴のひとの中には

驕り高ぶるひとがたまにいますが、

塾で品性の劣る講師との時間が長いせいで

無垢な子どもが精神的には堕ちてしまったのだと思います。


高学歴であっても、精神性の高いおとなに囲まれていれば、自ずとまわりへの感謝や自分の幸運さに思いを馳せます。



塾に行かなければ受験に不利と

近視眼的な思考に陥ることなく、

子どもの人生を豊かで健やかな精神性を

育むことにも配慮してほしいものだと

思います。


高い精神性は優しい心をもつひとたちとの強い信頼関係を築き、愛情に溢れた人間関係をもつことができます。


まわりのひとに大切にされる人生を

お子さんに送ってほしいと思いませんか。



塾を利用すること自体は悪いことではありません。ただし、そこの講師がどんなひとなのかについて、妥協してはのちのち後悔のもとです。

今日は10年ぶりくらいに、

神から虹のビジョンを贈られました。




意味は大成功です。




わたしが何気なく当たり前みたいに

言葉にしたことが、

神にとっては大きな成長だと評されて、

育児をがんばっていたときには、

精神的に大きく成長した時期で、

たくさん本物の虹もビジョンの虹もよくみていました。



わたしがブログを書くように言われたのもその頃で、度々チャレンジするものの、違う!とやめてしまいました。


今は邪魔してくる悪霊?とか堕天使とかに惑わされず、神の愛だけを書くことができるようになり、大成長です!




私が霊的に成長したことが起因して、

世界のあちこちで起こるデモが起きるような

騒動のいくつかがなくなるそうです。


誰にこのブログが届くんだろう。


あなたがこのブログを

真剣に受け止めてくれたら嬉しいです。






神様の愛をお伝えする仕事を

一生懸命務めたいです!






私はなんらかの技法による

エネルギーワークはしません。



なぜなら、神がわたしに与えたいと思うものを受け取ることで、わたしの日常は豊かに彩られ、護られているからです。


住まいにかけた神の祝福は

神がそう願われたのを受け入れたからです。


わたしの住む地域が安全で健やかであることを願うので、神は聞き届けてくださって、

特に子どもの通学路は神のご加護を与えてくださいました。


もし、わたしがなんらかのエネルギーの影響を誰かに与えるとしたら、花々や鳥の声にうっとりしたときで、花々や鳥から喜びの返事が返ってきます。


また、小さな子どもたちを見ると慈愛のまなざしが、彼らを温めます。無意識に神の祝福を届けていることもあります。


私が存在しているだけで小さな光です。

愛のエネルギーが発散されていて、

私のまわりにだけ留めておこうとすると、

摩擦のように磁場のようなものが発生します。





最近、随分とエネルギーが変化して、

読む本が変わり、ひとへの意識が変わりました。


ブログを眺めていて、そのほとんどは重いエネルギーがします。同じように街を歩くと、すれ違う人々から重いエネルギーを受けます。


私は街ゆくほとんどのひとを

好ましいとは思えません。


ただ、全ての人が、心を清らかにして、神の愛を知ることができるように、たえまなく心からお祈りしています。


これが、私の人びとへの愛です。


肯定すべきでないものにはNOという

厳しさが愛であるときもあるのです。





あなたには不思議な力があってずるい!

というひともいますが、


神に愛されているからこその恩寵です。


恩寵を望むなら、

あなたも神の愛にたどり着く道を

歩むべきです。



わたしたちは道標であって、

あなたが道を歩くしかないのです。


絶え間ない心の清らかさが、

あなたを神のもとに導きます。


最近、エネルギーが拡大しました。


使い道のないエネルギーが滞ると澱むので


家の中をよいエネルギーで保つだけでなく、


子どもの通学圏内になる街を


よいエネルギーで保つことにしました。



ちなみに、

冷蔵庫には自動的に

神の祝福が食べ物に込められるように、

お風呂場は魂を清らかにするエネルギーを

設定しています。


子供部屋には朗らかに素直に伸びることを

夫部屋には聡明で賢明な判断力を

と、神に祈っています。