タイトルの言葉。
今日、上司に個別に面談を受けて言われた言葉です。
いつかは言われるなとわかってた言葉です。
私は今、3年前の抑うつ神経不安症の再発の危機にたっています。
私は年度変わりになり、体調不良による年休取得が増加しています。
根本的な理由はヘルニアです。
痛みと不自由な足腰での二時間近い通勤により、通常時の倍は精神的に疲労が蓄積し、腹痛や頭痛、目眩などが頻発するようになったのです。
そして、現在通っているペインクリニック。
処方されている投薬も、神経を殺しにいくようなもので副作用もでます。
注射にて痛みが少し改善したと希望が見えれば、また元に戻るを繰り返す。
このループが精神を削りとっていきます。
痛みの影響からか、行動範囲も狭くなります。
色んなことが投げやりになります。
そして今日、上司より年休取得ペースを受けての面談を受けました。
そこでの私の態度が、数年前の休職に入る前と似ていると自分でもわかったのです。
「すいません」しか出てこない言葉。
責められていないのに、すべて責められてると感じる心。
上司はやはり仕事を考えますから、私が突然休職に入るリスクだけは避けたいのか、あと私が四度目のメンタルでの休職だけは避けさせたいのか、色々と話をしてくれましたが、言葉すべてが心の負担となりのしかかります。
正直、仕事は評価されています。
給与査定も「いい評価」を頂いています。
決してメンタル休職明けだからと不当な査定を受けることなく、また贔屓をされているでもなく。
ただ、この「いい評価」が、私を追い込みます。
この一年言われ続けている言葉があります。
「この評価をもらっているので、いつ異動=転勤になるかわからない」と。
確かに私の会社は転勤の多い会社です。
そして、それなりの給与を貰える会社です。
さらに、給与が三割減になってもいいなら勤務地限定のコースを選択することもできます。
そんな色々な選択肢を考えるほど、人生これでいいのかと現実逃避をはじめてしまいます。
最近考えることが多いのは、腰にナイフを刺したら痛みは和らぐかなとか、目を閉じて覚めなければいいのに、とかマイナスかつ危険な思考ばかりです。
とにかく自分でも黄色信号が出ているのはわかっています。
腰痛を言い訳に弱い心が出ているのもわかっています。
とりあえず、今は踏んばりどころです。
焦る心から何も生まれない。
とりあえず睡眠と安静な時間の確保。
今は耐えるとき。なんとかなる。