海津市最後は今尾神社へ😀

今尾神社  【いまおじんじゃ】

慶長19年申9月16日伊勢外宮より五穀の祖神として豊受姫大神を勧請し創建され、また往古より伊勢外宮領とされ3石の年中御饌供料を奉献し、御師松尾太夫、丹蔵太夫には約二百石余の給分が定められていた。明治維新後毎年正月外宮に神楽料が奉納される。


鯰池には、古来当地方の産土神として天神神社が祀られていた。その創立由緒とも詳らかでないが、明治に至り近郷10ヶ村の総社として郷社に列した。


明治29年の大洪水に、社殿社地流失のため昭和になり氏子の願いにより合祀の上社殿改築。昭和37年10月豊受姫大神御勧請三百五十年祭を斎行した。


神徳極めて顕著にして、尾張藩主が南濃沃野の五穀豊穰祈願の為に建立された由緒もあり、元和五年附家老、竹腰山城守3万石を以て今尾城主となるや代々嵩敬の誠をつくし、尾張藩主徳川家よりも、安産の祈願、病気平癒の祈願、或は御家継御奉告のこと等、御代参もあり、文政年間の記録には「御奉納御附品之事」など多く書きのこされ、山車四輌、船山二輌、獅子車一輌等優美を誇るものがあったが、再度の今尾大火で焼失、又度々の水害で多くの古文書が散逸した。


元日祭には、昔から縁起を祝って、鴨雑煮を供える。夏の祭事 輪くぐりと行燈祭り。絵行燈が百余献燈され、青田風鎮祭が行われる。秋の祭事 十月十八日が例祭。


前夜忌火焚き湯立ての清祓と共に招魂の行事が催され、当日には御輿二基が御旅所(秋葉神社)に御神幸。


神賑として打囃子の太鼓山や恵比須山、手踊山などが引き出される。境内社今尾護國神社昭和6年創建、旧今尾町の氏子崇敬者関係の国難に殉ぜる英霊を祀る。


平田神社薩摩義士の遺跡の大榑川は境外を流れ、平田靱負公は神社の対岸で自刀。義士の霊を祀る。



社号標
丸みのある文字…えー
嫌いじゃない爆笑


木槿(ムクゲ)

ムクゲは、夏の暑い盛りに涼やかな花をたくさんつけるアオイ科の落葉低木えー


非常に強健で刈り込みにも耐えることから、街路樹として利用されることもあるんよニヤリ


南国を思わせる花ですが、耐寒性が非常に強く、北海道でも地植えにすることができるほどとかびっくり

ムクゲの名の由来は、中国名の木槿(もくきん)が変化した節や韓国名の無窮花(むきゅうか)が変化した節など、諸説ありますえー

花は梅雨のころから秋まで長期間開花し、開花期間が長いですが、ひとつひとつの花は一日花なんよえー

ことわざで「槿花一日の栄(きんかいちじつのえい)」や「槿花一朝の夢」と言ったムクゲを冠したものがありますが、これはムクゲの花が1日でしぼんでしまうことを栄華のはかなさに掛けた言葉なんやってニヤリ



鳥居
鳥居を抜けて…参道えー
そして…二の鳥居と続います照れ


手水舎
シンプルな手水えー


拝殿
御祭神
豊受姫大神
天津大神

豊受姫大神
衣食住全般の守護と五穀豊穣・商売繁盛・家内安全・無病息災など、生活基盤を支える広いご利益がある神様とされていますえー


特に食物・穀物の神として、日々の糧や仕事運、家庭運を祈る参拝に向くとされます照れ

天津大神
高天原の神々の総称であり、国家安泰・開運招福・事業繁栄・五穀豊穣・子孫繁栄など「公」と「生活全般」の守護に広くご利益があるとされていますニヤリ


個々の天津神(天照大御神など)ごとに、太陽の恵み・道徳・稲作・産業振興など、より具体的なご神徳が語られます照れ



狛犬
ガングロ!
体は真っ白…爆笑


平田神社、猿田彦神社、今尾藩祖霊社
平田神社
宝暦治水で犠牲になりました薩摩藩家老平田 靱負(ひらた ゆきえ)がお祀りされていますえー

江戸時代にこの治水工事の責任者なんよプンプン

表向きは病死とされたが実際は自害して果てたとかショボーン

何故こうまでして薩摩藩を苦しめたのかというとえー


1753年(宝暦3年)、徳川幕府は琉球(現 沖縄県)との貿易によって財力を得ていた薩摩藩を恐れて、毎年氾濫による被害が多発していた木曽川の分流工事を薩摩藩に命じるプンプン


工事費用は薩摩藩が全額負担、大工などの専門職人を一切雇ってはならないとしたガーン
露骨な弾圧政策に薩摩藩は幕府への反発を極め、このまま潰されるくらいなら一戦交えようという過激な意見まで噴出したが、平田が「民に尽くすもまた武士の本分」と説破して工事を引き受けることとなり、平田は総奉行となるんよえー

40万両にも上る工事費用を捻出するため大阪の豪商から借金を重ね、幕府へもたびたび専門職人の雇用許可を要請するも許可は下りず、工事のやり直しを命じられることがしばしばあったとかえー


工事に派遣された薩摩藩士達の過労と伝染病による死亡が相次ぎ、また幕府に抗議して切腹する薩摩藩士達も続出した(この時には、本来監視役のはずの徳川方からも、薩摩藩に同情して抗議の切腹を行う武士が二名いたほどである)えー

薩摩藩はこの工事に携わった藩士、病死33名、自殺者52名という多大な殉職者を出しているショボーン

分流工事は着工から1年3ヶ月ほどでようやく完成したが、その後平田は死去(自害)した、享年50えーん


遺体は 山城の国伏見の大黒寺に葬られ、遺髪は鹿児島城下の妙国寺に埋められたとかえー


藩主島津重年も心労で、後を追うように翌月に27歳で病没しているショボーン

辞世の句は「住みなれし 里も今更 名残りにて 立ちぞわづらふ 美濃の大牧」

今尾藩祖霊社は、竹腰正信など今尾藩歴代藩主を祀ってます照れ



あんこうみたいな…口した狛犬さんびっくり


猿田彦様の奥さん、天鈿女命かな爆笑



境内には紫陽花が綺麗でした照れ


今尾護國神社
昭和6年の創建で、旧今尾町の氏子崇敬者関係の国難に殉ぜる英霊を祀ってます照れ



紫陽花と鳥居の組み合わせも良しだね爆笑


吉田松陰先生参拝碑
維新の先覚吉田松陰先生は嘉永6年5月、伊勢参宮を終えて桑名の同心と夜船で揖斐川を上り牧田川と大榑川の合流する当神社下に上陸されましたえー


船中夜を徹して豪談酒盃を交し、翌朝陸路大垣より中山道を経て江戸に赴いたと記されているそうですよキョロキョロ



岐阜県海津市平田町今尾3055-8



駒野駅からほど近いえー
道の駅 月見の里 南濃にお立ち寄りやぁ爆笑

この道の駅は、南北に走る258号線にありますえー

南濃はみかんが有名なんやって照れ



まるっとみかんゼリー190円

やっぱ特産品のみかんを買わねばね照れ


まるまる1個分のみかんが入っていて、つぶつぶ感がすごいびっくり

果肉がしっかりしていて食べ応えがあってえー
甘さは強すぎず、みかんの味がちゃんとさしてます照れ


冷やしたり半冷凍にするとさらにおいしい

かもねニヤリ