明治生まれの平井先生や昭和一桁生まれの戦争を経験した成田先生の身体の感覚と現代人の我々の身体感覚には大きな乖離があると感じます。同じ言葉で説明されていても、それを受け取る側の身体感覚によってまったく違った受け取り方になってしまいます。例えば、個人的に最も大きな感覚の乖離は古来と現代の腰の感覚だと感じています。
ネットもテレビも交通手段も発達していない時代に生まれた人達の身体感覚と現代人の我々の身体感覚が同じであるというのは無理があるのです。
つまり、今一度先生方が生まれた時代、もしくはそれ以前の身体とは?感覚とは?を捉えなおし、その時代の感覚から紡ぎだされた言葉を身体で理解する事が大事であると思います。
現代にもそういった古来の身体感覚を持つ世間離れした人もいますが、我々のような凡人が稽古するには、まず現代的な身体感覚を見直し、身体を作る事を第一義にしなければならないのです。身体を作るというというのは筋トレ的なものではなく、型稽古によって身体と感覚を練っていく事です。