今まではアホと思える人や嫌いと思えるような人に対しては「感じる即イコール悪/敵」だった。
ただ、悪/敵認定をしてしまうと却って囚われてしまい、そのことが逆にイライラを募らせていた。
しかし、最近になってアホと思える人や嫌いと思えるような人に対して、
「思うこと→即悪/敵」ではない、アホと思える人や嫌いと思えるような人の存在は認めるけど、そういう人に対して期待しない、自分と比べない、構わない(接点を断ち切る)ようにしようと思えるようになってきた。
そういう人たちが一定数存在するのは仕方がないことだし、もしかしたら鏡として何かを教えてくれているのかもしれない。
また、アホと思うことや嫌いと思うことは「感覚」であるが「悪/敵認定」はジャッジメントをしている、思考になっているということの区別がつくようなってきた。
これもまた「思い込み」からくるもので、自分では気づかないうちに「感覚→即思考でジャッジメント」していることは案外もっと多いのではないかと思えるようになった。
(ただ即思考ジャッジメントで即断即決のスピード感のある判断・行動が出来る面はあると思うので、全てが悪いとは言い切れないが・・・)
当たり前のパターン過ぎて立ち止まったり振り返ってみたりすることもなく、当たり前に受け入れて流していることはこの件以外にももっと多いと思う。
良い面・悪い面も含めて感覚と思考の距離のおき方についてもっと見ていきたいと思う。