おはようございます!
今久しぶりにAmeblo開いたら心配してくださるメッセージが来ていたので、一応状況報告させてください!
(今日の朝5時にメッセージを下さったSatokoさん『不適切な表現があるので表示できません』と表示され中身が見られませんでした。こちら見られていたら、コメントにメッセージ下されば見られるかもしれません。)





14日は食器が2個と眼鏡が割れただけですみましたが、16日の地震は14日より強く長く、栃木で経験した6弱より強い地震を経験することになりました。夜中だったのと、14日の被害の様子をTVで見て鮮明なままだったので余計恐くて。強い揺れ⇒小刻み⇒強い揺れ⇒小刻み⇒強い揺れ…としばらくずっと続き、強く揺れると電気真っ暗に。食器は全部でて割れて時計も何もかも落ちて。


地震がおきた時は息子は違う部屋に寝ていて、揺れに身体持っていかれながらも執念で息子の眠るベッドにダイブして息子を抱き抱えました。揺れが全く収まらないので死ぬかと思いつつ…余震が立て続けに来ている中息子と荷物大量に抱えて、車まで走りました。確実に馬鹿力出てました。(今筋肉痛)その後は、同じアパートの方と声を掛け合い少し不安感が取り除かれる体験をしました。地震後は『大丈夫でしたか?』とだけでも声をかけることは重要ですね。私も、息子と2人だったので、隣の青年が『2人ですか?何かあったら声かけてください』と言ってくれて、すごく救われました。


その後は、ガソリンスタンドに行ってガソリン入れて、ガソリンスタンドの駐車場で息子と仮眠。人がたくさんいるところがスゴく安心できました。


そして夜が明けた後、帰宅して撮影したのが写真の服部屋。(この時も、何度も何度も余震がきて、必要なものを取るのさえ苦労しました。でも写真はその後、部屋の状況把握するのに役立ちました。撮れるなら撮っておいた方がいいかもしれません。必ず身の安全最優先ですけれど。)引き出し全部飛び出て、右の棚の上にあった籠が左に飛んでます。この部屋に寝ていたら確実に怪我してました。息子も危なかったかもしれません。母親が口を酸っぱくして言ってくれていたから、寝るところには倒れるものは置かないようにしていて本当によかったと思った瞬間でした。


それと物置は中のものゴチャゴチャで開けられません。物を取りたくても取れません。防災用具はすぐ取れる場所に!!


…ということで部屋は息子に危なすぎる環境で、周りのスーパーは営業していなかったりするし、15日の夕方から断水しているのもあるので、今は鹿児島の義実家に来ています。16日の朝9:30に出発して夕方16:50に到着しました。高速が閉鎖されているので下道で行ったのと、下道が半端なく渋滞で普通は2時間のところ7時間。寝不足が続いて眠さとの闘いでした。でも鹿児島に来たら地震もほとんど感じないし一安心。義実家には、しばらくお世話になることにしました。


心配してくださった方、本当にありがとうございました。私はもう大丈夫なので、皆さんは普段通りの生活をされてくださいね(;_;)こういうことがあると、遠くの方達は『被災地は大変なのに、楽しいことをしてはいけないんじゃないか』と思う方もいらっしゃるみたいですが、その楽しいことも、回り回ってでも熊本のためになることだってあると思うんです。だから、被災地の事を思いつつ、個人の人生を楽しまれることを願います。(本田選手も、今日のニュースで同じようなことを言われてましたね)偉そうにすみませんm(__)m


今後は、今回の震災で得た教訓を、ブログなどでまとめられたらと思っています。(twitterでは、その時その時思い出したことをその都度記入しています⇒@parischatonrose) (Instagramは全てこれから明るい内容でいきます⇒mizupaca)