あけましておめでとうございます。


寅年の私は今年年女です。そうです、24歳ではありません。もうすぐ50歳、50歳まであと数センチという距離まで迫ってまいりました。


ということで、50歳を意識したこの本を読んでみました。


元外務官僚の佐藤優さんは、鈴木宗男さん絡みで逮捕勾留されていたという異例の経歴の持ち主。外務省を退職されてからは作家として活躍されています。

今回、初めて著書を拝読。

50代という未知の領域に踏み込もうとする私にとって、何かヒントが得られるかも…

と思いワクワクしながら読みました。が。

なんとなく時代が違うというか、

昭和の中年サラリーマンたちへ向けた指南書、のような読後感を、正直感じざるを得ませんでした…。すいません。

これは私が女性で、体育会系組織であるオジサン社会には、現在全く属していない完全なるアウトローのためではないかと思いました。

なので、現在もそうした過酷な環境に身を置いているという方々には、参考になる点が多くあるかもしれません。エリートサラリーマンの方へ一読をおすすめします。


かといってアラフィフおばさんの私にとって、何も得るものがなかったかというと、そんなことはなくて、とても面白く読ませてもらった箇所もあったのです。

それは何かというと、佐藤さん的考察の元となるキリスト教的な考えを解説してくださっている点。ご出身が同志社大学神学部というだけありますね。クリスチャンなのかもしれません。


物事には因果応報があり、結果に対して必ず原因がある。もしも現在悪い状況にあるという人は、前世の行いが悪かったことによる結果なのだ。


というのが仏教思想。

自分の行いによる報いを自分で引き受けるのだというものだそうです。良くも悪くも。

ところが、キリスト教では


人生で起こる出来事は神様が決めるもの。人間はその恵みや試練を受け入れるのみ。もっと言えば天国へ行けるか行けないかもあらかじめ神様によって決められている、という教えなのだそうです。


神様、スパルタです。

俺のいうことを聞け!的な圧がものすごいです。

けれど、キリスト教の神様を信じていれば、人生で思いがけない出来事に遭遇した時にも、そこに何かしら神様の意志を感じることで、ジタバタせず、受け入れられるようになります。だってあらかじめ決まってるんだから、頑張ったって反抗したってムリ。

(それでいくと、日本と欧米各国政府とのコロナ対策の違いも、なんとなく腑に落ちる点がありますね)


悪いことが起きた時には、その原因をあれこれ考えて反省するよりも、開き直って、

神の意志はどこにあるのか。この最悪な状況から得られるものは何か。

ということにフォーカスすることが大切ということですね。

一方、リスチャンでもなく、(多くの日本人と同じなんちゃって)仏教徒である私は、

ひょっとして前世で悪いことしたのかもしれないけれど、それは置いておいて、最悪なその状況を受け入れて、学びや楽しみを見つける努力をする方が良いのだ!

という風に都合よく受け止めました…。

これで良かったのかな?