ぐっちょん


こうやって、暇なときに日本の友達に手紙を書くの。

ペンが止まらない。

それくらいに、何かを求めては、違う、こんなんじゃない。

こんな自分じゃないと、落胆したり、面白がる日々。


今日はqueenを聞いています。

なんだか、悲しいような、わびしいような気もしますが、何かを失うということと、自由は表裏一体なんだということがqueenの歌を聴いてて気付きました。

だから、世の中には「自由からの逃走」っていう言葉が生まれるんですね。

この世に存在するということは、痛くて、嬉しくて、誰かを沢山傷つける。

楽しくて、面倒くさくて、逆に誰かを面倒な気持ちにさせる。

こうやって、私がぐっちに意味不明な手紙を書いているように。


例えば、ママが何か仕送りをしてくれるといえば、何を頼むかなぁと考えたときに、思いついたのは、

西村京太郎の推理小説。女の人の書いた小説。手相の本。

宗教系のDVD。英語の単語帳。日本製のナプキン。


それに比べて、隣の日本人の女の子が仕送りに頼んでいるのは、

マキアージュの新作のリップグロス、ユニクロのスキニージーンズ、テスティモのアイシャドー、どこどこの化粧水、お気に入りの洋服、ピーチジョンの下着。


こういう状況に来て、こんな風に同じ畑の女の子でも違うものかと、おもしろくなりました。

そして、こんな状況で渇望するものこそが、本当の気持ち。

やっぱり私は、物はどこにいっても、どうでもいいと思いました。


捨てられないものは、気持ちが入り込んでしまったものだけ。

おじちゃんの買ってくれた、ラベンダーの匂いがするキーホルダー。

おばぁちゃんのくれた、オルゴール。

弟がくれた100円ショップのマスコット。

友達が10年以上前にくれたキューピー人形。


そういう、かわいくも、便利でもないようなものだけが、最後私のお棺の中にはいるのでしょう。

決して、お気に入りのものや、大好物だった食べ物とかじゃなくて、

気持ちを入れすぎてしまって、生きているうちに捨てられなかった者たちが。


自分勝手に、言いたいことだけを書いてごめんなさい。

何がいいたいわけでもなく、ただ、毎日色んな感情が出入りするもんだから。


昔は感情を押し殺してきたんだ。

ネガティブな感情を表に出すなんて、絶対にやっちゃいけないことだと思ってた。

空気を読むというのが、全ての美徳だって思ってた。

「人の目なんて気にするな」なんて、日本じゃなんの意味も成さない薄っぺらい言葉だった。


人の考えることなんて関係ない、人の目を気にするな。

落ち込むたんびに、友達も家族も、同じ言葉を言うの。

そして、友達が落ち込んでいるのをみるたびに、私も同じ言葉でなぐさめるの。


けれども、一体、この言葉を使うどんだけの人たちが、心の底からそう思ってるのかな?

本気で人の目を振り切るだけのパワーを持ってる人は、そもそもこの概念が脳みその中にないんだってことに気付きました。

だから、うちの弟はいけてるのです。

この前泣いて電話したとき、彼はゆみのストーリーを聞いて「そんなのどうでもいいじゃない」といいました。そして、自分のバイトの話をするの。

まったく人の話を聞いていないの。

私が、あの弟を尊敬して、自慢に思う所以です。


そして、そんなささいなことばっかりを気にし続けている自分を、かわいいとも思いました。

長い間の便秘状態が、すこし緩和した。

自分でいうのもなんだけど、心のベースが、ものすごく真面目で、繊細な子なんだなとも思いました。



というのも、見た目は違うけれども、こっちにいる日本人の子で自分の性格に少し似ている子を見付けた。


スウェーデンからの帰国子女で、長いこと日本に帰りたい、帰りたいとお祈りしていた子。お化け類が見えるの。

彼女は、臆病で、人が苦手。

でも、本当は人と少しでも仲良くなりたいと思ってる。

けど、やっぱり人が苦手だから、第一印象が優しい人じゃなきゃ、仲良くしない。

第一印象が悪い人は、怖いと判断して距離を置く。

人と交わりたいと思うわりに、面倒くさくて単独行動もしばしば好む。

少ない人たちの輪にいることを好んで、大人数の輪の中には入っていけない。


すごく、あたしに似てるの。

たまに嫌になるくらい、その子の気持ちがわかってしまう。

だから、同調するときは同胞にめぐり合えた気分だけど、あまりに似ているがゆえに嫌悪感を感じてしまうときも沢山ある。


こうやって、自分を乗り越えるんでしょうか?

あたし、もう22歳に今年なるのに、こんなに遅い地点にいていいのでしょうか?


日本では、この自分のパーソナリティ的な問題は、流してそれとなくやってきた。

修正液や、コンシーラーで塗りつぶすみたく。

けど、長い人生、少しづつ、なおそっかな?

なんて。




今は、自分の手相ばっかりを見て、外発的な刺激の力でなんとかしてくれと願ってばかりの日々です。


ぐっちょんは、何してる?

何を考えてるの?


部屋でご飯を食べて、何もせず手持ち無沙汰になったときに、どんなことを考えるのですか?

ゆみは、あー食器洗うのめんどくせーと感じます。



ぐっち、自分のしたいことだけしてください。

お願いです。

やりたいことだけ、やればいい。

やりたくないとことがやってきたら、10回に7回は寝たふりをすればいいと思います。


けいすけへ。

今日はあなたの夢を見ました。

恋しい毎日です。

たまに、こうやってけいちゃんの夢を見るの。

今日ゆみが話した、素敵なお話、けいちゃんだけに教えてあげようと思います。


それは、私が曲がりなりにもけいすけを一人の人間として愛しているから。

すごく、すごく尊敬しているから。

長い間、けいすけの何かをうらやましいと思ってきたことがあります。

私にはない、まっすぐで素直で、実直なものを持つあなたへ。

たとえ英語がベラベラに話せたって、要は人間の中身なのです。

だからこうして佳輔のことを考えるの。


どんなにゆみが真剣に話したって、あなたはちっとも真面目に聞きませんね?

それが佳輔のいいところです。

言葉の力を借りなくたって、きっと深いところでシンクロしているのだと信じています。

きっとあなたの高校3年生という年が、佳輔にとって実りある刺激的なものでありますように。

佳輔の小さな宇宙がひっくり返っちゃうくらいの、でっかいことに触れてください。

FUJIROCKに行くでも、サマソニに行くでも。

そのへたっぴなギター抱えて夜の横浜で歌うのもいいかも知れない。

おしゃれなんて、今風の雑誌なんて、いくらでもマネっこできるけど、佳輔はついにあたしでさえマネは出来なかった。


けいちゃん、生きる意味ってなんだろう?

おかしいでしょ?こんなかっこ悪いことを私は毎日考えてるの。

ある人は教えてくれました。

楽しむためにあるんだよって。


振り返ると、私の人生には過去はないように思えます。

コト細かく覚えています。

小学校、中学校、高校、大学。

キャンプ。まずかったご飯。よりこにむかついた日。大学が嫌いで仕方なかった5月。

けれども、嫌なことも、楽しかったことも全て振り返れば、「いい思い出」の範囲内です。

自分でもびっくりするくらい、本当はさっぱりした人間なのかも知れない。

そういえば、昔からゴミ箱って大好きでした。

捨ててしまえば、スッキリ。

そんな気持ちで私が過去と付き合ってるのかも知れない。


ならば、思いっきり、その楽しむってことについて考えてやろうと。

楽しむって事を人生の中で追求しまくってやろうと。


でも、よく私の座右の銘は「とにかく楽しめです」という奴(特に女)が大嫌いだ。

今でも。だって、かっこ悪いし、野暮でしょう?

地球は丸かった、だなんて今更言わないでよ?みたいな。それくらいの鈍臭さのある響きなの、この言葉は。


しかし、楽しむ事の大切さがわかってしまった以上、私はどうやって自分をプロデュースして、エンターテインしていくかを、克服しなきゃいけません。

そして、こういってやるの。

「とにかく楽しめなんて、やぁね、お子様ね」と。


だから、私はあなたを尊敬するのです。

自分の世界が頑固で、ママに泣かれれようとも、パパに殴られようとも、自分のスタイルは絶対に崩さないあなた。

人生を楽しめなんていわなくとも、言われる前から平然とした顔をしてやってのけるあなたが昔から、昔からうらやましかった。


お元気ですか?

佳輔。


波風のない人生なんてつまんない。

あがく?このあたしが?

今はそうするしかなさそう。

この、退屈で世界で一番奇妙な街キャンベラでは、自分で波を作らないと、アップもダウンも味わえない。


たまには、神様に感謝の気持ちをお祈りすること。

感謝の気持ちが、私たちを幸運に導きます。


あなたが、真剣に手紙を読まないで机の上に丸めてほっぽっておく姿が目に浮かびます。

佳輔に残るのは、手紙の内容ではなく、祐美からの手紙が届いたという事実だけ。

だから私は、安心して本心を、私だけの言葉で書くことができるのです、

だから私は、あなたを尊敬するのです。


ゆみ


和久本さんへ


お元気ですか?

日本は段々と暖かくなっている頃でしょうか?

私は、毎日チョコレートをバリバリと食べて、ふてぶてしい日々をすごしております。

こっちに来て1ヶ月が過ぎました。私がこの街にいるのも、あと10ヶ月なんだと思うと恐ろしくなります。


1ヶ月で色んな感情が心の中でミックスされました。

自分の不甲斐なさばっかりが目立って、たくさん落ち込みます。

でも、少し打たれ強くなりました。

1度、失敗をしてよりちゃんにヘルプを求めたことがあります。

そのことがあってから、痛みをじんわりと受け止めて解決しようと心が働くようになりました。よりちゃんの力は凄いです。


もちろん、楽しいことも沢山あって、田舎なぶんのびのびと過ごしております。

色んな国の人と、わいわいご飯を持ち寄って食べたり、騒いだり。

外人っぽいことにチャレンジしています。

寮の人は、みんな優しいです。

そんなオーストラリアの生活。時間がいくらあっても足りません。


和久本さんのことはよりちゃんから聞きました。聞いたときは本当にショックで、よりちゃんと二人で泣いていました。

そして、なんてタイミングの悪いときにこっちに来てしまったんだろうと、猛烈に後悔しました。

いや、今でもショックです。そして、和久本さんを当たり前の存在として思ってた自分にも、猛烈に後悔しました。

しかし、この事実はしかと受け止めようと思います。

確かに、フロアが変わってしまって共有できる時間は少なくなってしまうかもしれないけれど、和久本さんは和久本さんです。

わたしや、よりちゃんや、チューターのみんなが大好きで、尊敬して、感謝してやまない和久本さんです。

みんなから離れている分、余計にセンチメンタルな気持ちになってしまいますが。

学研で働かせてもらったこと、和久本さんやチューターの皆様に出会えたことをい尼まで以上に神様に感謝して。


帰国して、胸を張って和久本さんに会えるように、1日1日を大切にしようと思う次第です。


追いコン、行きたかったなぁ。こっちはビールしかありません。

居酒屋のほっけと枝豆と厚焼き玉子が懐かしいです。

きっと写真を見ただけでお腹がなります。


帰ったら絶対に、和久本さんやみんなと和食系居酒屋で飲みたいです!!

色んな話が聞けることを楽しみにして、そして色んな話が出来るように日々精進ですね。


お体に気をつけて、毎日をお過ごしください。


ゆみ