6月8日土曜日に大阪に用があったので、この機会に「石山詣を」と思い、この度めでたく石山詣を果たすことができました(笑)。はじめは土曜日に石山寺へ行き、関西で宿泊して日曜日に大阪に行こうかと思いましたが土曜日は京都・大阪あたりのホテルが高いし埋まってる。なので9日月曜日に1日休暇を取って石山寺へ行きました。
8日の日曜宿泊で検索していたら「びわ湖大津プリンスホテル」がヒットし、以下で予約しました。ある程度の金額はすると思っていたので高級そうなのに朝食付きでこの値段はいいなと思いました。ツインルームのシングルユースで下記の価格。
レイクフロア ツイン(5~20階)(禁煙) - [会員]タイムセール
ホテルシェフの味が堪能できる朝食ブッフェ付きプラン(朝食付き) 13739円
こちらが実際のお部屋 16階のお部屋でした。リゾート仕様で窓に向かって広々。テレビのある机も大きい。ユニットバスではなく大きめの洗面台の左右に浴室(大きな浴槽で洗い場とシャワーが別で外側にあるタイプ)とトイレがそれぞれ。ドライヤーはリファでした!

大阪から大津まではJRで40分。乗り換えはありません。電車好きなのでローカル線、嬉しいです。日曜の16時頃大阪を出る電車に乗りましたが、混んでおらず、座って行くことができました。駅を出たところにホテルのシャトルバスのバス停があります。結構大きめのバスが迎えに来ました。ホテルまでは10分程。京都には何度も行ったことがありますが琵琶湖は初めて来ました。

びわ湖大津プリンスホテル 建物も豪華で接客含め「ホテルに来た!」という感じでした。ロビーはアロマのいい香りが。
JR大津駅からJR京都駅は10分ほどなので京都観光のためにこちらに宿泊するのも琵琶湖の景色も楽しめて良いと思いました。早めに予約すればタイムセールなどもあるのでお得です。
朝焼けを見逃さないようにカーテンを開けて寝ました。翌朝のAM4:30頃。素晴らしい琵琶湖の朝焼け。
30分後。寝たり起きたり写真だけ撮って寝てました。
朝食ビュッフェは36階の和食レストランまたは37階でメニューはほぼ同じだけど36階は和食が充実してるということで36階へ。どの席に座ってもレイクビューでした。案内された席から

朝食も充実していました。夜は部屋で軽くサンドイッチ(1階のコンビニで購入)で済ませたので嬉しいです。
こちらは36階のエレベーター前の窓から
この日は帰りの新幹線を京都駅発18:01で予約していました。おそらく京都は混んでいるだろうから、欲張らず石山詣だけにしてゆっくりお詣りしようと思いました。なのでホテル発10:15のバスでJR大津駅へ。(チェックアウトは11:00)
石山寺までは
JR大津駅→JR石山 5分程度 (京阪へ乗り換え) 京阪石山→石山寺 4分程度
紫の石山寺駅 この時、この駅で降りたのは私含め3名。月曜日のせいか少ないです。

石山寺駅の構内のコインロッカーに荷物を預けて、歩いて石山寺へ 徒歩10分(0.85km) 瀬田川沿いを歩いていく勾配もなく、歩道も広い歩きやすい道でした。


瀬田川について後でwikiで調べてわかったのですが
~琵琶湖から流れ出る唯一の河川である瀬田川(せたがわ)が宇治川(うじがわ)、淀川と名前を変える~
淀川や宇治川の滋賀県での名称なのですね。
途中見かけた石山寺郵便局 記念切手など販売されているようです。

紫式部が源氏物語の着想を得たと言われていますが以下wikiより
~『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は、石山寺参籠の折に物語の着想を得たとする伝承があるが、紫式部が石山寺に参籠した記事は『紫式部日記』にも『紫式部集』にもない。~
他の同じころの時代の女流作家の作品には登場するようですが紫式部の日記には書かれていないようです。
石山寺は東大寺建立の際も木材等の物流や建設のための技術書などの集積地点、今でいうデータセンターのような役割を果たしたお寺だったそうです。当時、情報とモノが集まる華やかで「意識高め」の場所だったのではないかと思いました。流行への感度が高く、宮廷を生き抜いていくタイプの女流作家にとって魅力的な場所だったんでしょうね。そこに籠ったことがあるということがステータスになるような。(勝手な想像です。)紫式部は心をじっくり読むような内向的な感じもするので参詣してなかったとしてもわかるような気がします。いずれにしても、当時の貴族や女流作家にとって信仰の対象であり、大変人気のあった場所なので源氏物語の世界観を味わうために行っておきたいお寺です。
東大門 鎌倉時代に源頼朝に寄進され、その後、淀君の寄進で新築に近い大規模修理がおこなわれたそうです。
仁王像については「鎌倉時代の仏師運慶・湛慶の作と伝わる」という説をネット上でみかけましたがお寺のパンフ等には書いてなかったので不明なのかもしれません。しかしながら迫力と歴史を感じる仁王像でした。
長いので②に続きます。お手数おかけします。