喜んでしまったNHKの番組。(私は岸見一郎先生のファン)
https://www.nhk-ondemand.jp/program/P201200086200000/
ベストセラーの二冊。
思うのは
この世界のエネルギーは同時進行で動いているんだな。
ってことです。
『嫌われる・・』の方には
自己受容について書いてあるし
『幸せになる・・』の方には
「わたしたち」の幸せについて書かれている
それは二回とも
出版の丁度そのころ、
様々なセミナーで学んだ内容と同じ。
今回のこの番組では
「三木清」の
①弁証法(たぶんいわゆる「秩序」)
②混合の弁証法(たぶんいわゆる「カオス」のまま)
①から②へ。ということについては
最近の世界の
エネルギーの世界での動向と同じ
統合するのではなく
バラバラの意見のまま、それぞれをそのまま尊重していこう
という流れ。
一見、別々であるようないろいろな心理学的な分野だけど
エネルギーとしてはみんな同じ流れで
覚醒する方向に。
・・ふろく・・
そういえば
岸見一郎先生の語られる、
いくつかのエピソードの中で好きなのが二つ。
ひとつは、
岸見先生が子どもの頃
「お友達が一人もいない。」と心配した母親が
学校に相談しに行ったら
「一郎君は友達を必要としない人です」と先生が答えてくれた。
というお話。
以下は私のものの見方ですが
“子供は、たくさん友達がいなくてはいけない。
そうじゃなかったらいけないし、ひとりでいるのは『かわいそう』な事なんだ”
という、世間一般の[決めつけ][常識]を
かる〜く一蹴していて、爽快感のあるエピソードです。勿論、〈知の巨人〉とも言える岸見先生の小さい頃の事だから、幼い頃から本当に知性の塊のようなところがあったに違いなく、見ている先生の視点が高ければ、子供達が連んでいる事から得られる一般の的な情動の、遥か上をいく くらいの頼もしさを一人でいる姿から見て取っていたのでしょう。
それは岸見先生だから、ということに限らず
人間はたった一人でいるだけで、生きている、というだけで、もうすでに完全に愛されている存在なのだ、何かが必要、なんてことは本来無いのだ。
ということを悟ることが出来る
というエピソードなのかも。
そんなことはこの日のTV番組の中では語られなかった。ただエピソードの部分起きた事実(先生が彼には必要無い、と言ってくれたこと)のみ、語られただけなのでした。
それから
もう一つのエピソードも・・・
岸見先生が小学校で教職についていたころ
焼却炉に子どもの遺体が見つかったので
誰なのか調べるために一軒一軒に
「お子さんは居ますか?」と電話したら
お母さんたちはしばらくわが子を叱らなかった
というお話
『早く食べなさい!』『片付けなさい!』など叱ってばかりで接していた我が子。自分の気にいる行動だけして欲しい、そんな事より もっともっと大切なのは、この子が生きているだけで心の底から嬉しいんだ、という事に、どんなお母さんも雷に打たれたようにハッと気付き、その事を覚えている間は、『この子を愛している』という眼差しでのみ、我が子を眺めていたんでしょうね。
そのエピソードは別の本にも書いてあったかもしれませんが
15年くらい前の講演会で聞いてからずっと心に残っています。
「三木清」は
”孤独は感情でなく知性に属するのでなくてはならぬ”
と書いたそうです。
私のものの見方ですが
このエピソードを通して
孤独はいけないことだ、
という視点で見るのではなく
ただ存在するだけで愛されている、という
【事実】を知って欲しい、という気持ちで
語られているんじゃないでしょうか?
私たちはただ生きているだけで愛されているんだ
そのことを心の底から思えたとき
その時こそ
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