5月に入り、2週連続で福祉協会の行事。
総会で司会、医ケア児のイベントで司会。
どっちも来場者の多い大きな行事でした。
けどそれが片手間レベルでしか考えられないくらい、お仕事が濃い。
昨年度の実績を評価してもらえ、今年度は地域支援の業務がぐっと増えた。
保育園や児童館、小学校を訪問する機会が多く、そうちゃんを知っている職員さんにもちょこちょこ出会う。
改めて、そうちゃんは顔が広く、記憶に残る子だったんだなー、と感じる。
昨日もそうちゃんが小学生だった時の児童館の先生に出会った。
「そうちゃんのお母さんですよね?」
話し掛けてくれる語調が優しい。
小学校に交流に行った時に、脱走して児童館に飛び込んでしまって、慌てて追いかけたことがあった。
あの時にもその先生がいたらしい。
必死すぎて覚えてないけど、その必死だった、しかも今より若かった私を、記憶していてくれた。
午前中の、幼児さん数人が遊ぶ静かな児童館。
そこへ突然走って入ってきた小学生。
驚く幼児さんのお母さん。
「ごめんなさい!!」と謝る私は、学校から脱走するのを阻止できなかったことを申し訳なく思い、周りを見る余裕もなくそうちゃんを確保して学校に戻った。
違う角度から見れば、それは意外と微笑ましい光景だったのかもしれない。
そして、あたたかい目でそうちゃんと私を見守り、がんばれ〜って、エールを送ってくれてたんだな。
「そうちゃん、可愛かった〜。いつもニコニコして。『パソコンやっていいですか』って、丁寧な言葉で聞いてくれて。小さな小窓から、顔出してね…。」
可愛かった、と繰り返してくださった先生。
あやうく私も克明に思い出して号泣しちゃうところだった。
仕事中だったので急いで心に蓋をしたけど。
今、ブログを書きながら蓋を開けて、号泣している。朝6時。(笑)
最後に先生が言ってくれた。
「そうちゃんを通じて、たくさん勉強させてもらいました。」
必死すぎたあの頃が、そうちゃんとのいかに幸せな時間だったか。
それを思うと胸が苦しくなる。
自閉症の中でもとびきりの多動だったそうちゃんの子育ては言葉では言い尽くせない大変さだった。
どうしたらいいですか?誰か助けてください、と言い続け、地域のあちこちで支援してもらったおかげで、なんとか18歳まで家で見ることができた。
そうちゃんは風雲児のようにそこら中でつむじを起こし、それぞれの場所に爪痕を残している。
この前昔利用してたデイで「これはそうちゃんが蹴ってあけた壁の穴」というのも見たし。
もちろんマイナスな感情で捉えていた人もいるだろう。
だけど、昨日の先生のように、肯定的に心に留めていてくれる人がたくさんいる。
地域の土壌をインクルーシブに耕す役目を、確実にそうちゃんは果たしてくれたんだと感じる。
私はその後を追って、凸凹の土をふかふかの土壌に改革していくよ。
そうちゃん、見てて。
…それにしても、「18歳の壁」の高さよ。
やらなきゃいけないこといっぱいすぎるな。
定年までにどこまでやれるかな。
後進者育てなきゃねー。