どうも新年明けましておめでとうございます。
かな~り。過ぎてますがw
今年の年明け、何とも言えない年明けでして・・・。
12/24~1/5まで、東京に戻っていました!
年末に関しては久々に東京の皆様ともお会いできまして、とってもハッピーライフ☆
そして新年1/1。朝から我が姉からの連絡がめっさ入っていた。
起きて驚いて連絡してみたら
「とりあえず新年です。おめでとうございます」の後に。
「じいちゃんが亡くなりました」
と・・・・・。
1/1です。新年早々、どんなニュースやねん。
まじっすか~~~と、双方苦笑いf^_^;
亡くなったのはもちろんショックで、悲しい思いもあるのだけれどうちのじいちゃんは御年102歳だった。
102歳の割にはいい加減ボケも入ってきてはいたけど杖もつかずに自分で歩いていたというし、ご飯も食べていたみたいだし、大きな病気をしてた訳でもないし。
それでもそろそろ・・・かな、というのは親戚一同感じていたことなんでまあ驚きはそこまでではなかったかな。
まさか新年早々とは思わなかったけどね(^_^;)
でも、聞くところによると元旦の日に亡くなるのは本当に寿命を全うした方だというし、じいちゃんらしいのかなと思う。最後までホントあっぱれなじいちゃんだったんだなあ
じいちゃんとの想い出って、小さい頃で一番残っているのは何県だか分からないんだけど(ごめんなさい)油壷?ってとこに連れていってくれた事^^
幼い自分と姉を連れて、何か赤い靴の女の子の堂が建っているとこにいった記憶もあるなあ・・。
同じ場所かな?
何か魚の活け造りを初体験したのも恐らく油壷だ。
そして花札やらを教えてくれたのもじいちゃんだと記憶している。
うちの家族はあまり親戚としょっちゅう会う訳じゃなかったし、その分このじいちゃんとの想い出と随分前に亡くなったじいちゃんの娘との想い出がかなり鮮烈な印象として残ってるんだよね。
まあ幼い頃の記憶だから兄弟から聞いたら実際違うかもだけどww
可愛がってくれたというか、自分達を孫として認識してくれていたなって感じなんだよね^^
そんなじいちゃんに、本当は1/3の日に会いに行く予定を立てていた。
それがまさかの再会になってしまったけど、最期にじいちゃんの顔を見る事が出来ただけでも、今回無理をしてでも東京に戻れてよかった。
会う時間を少しでもくれたじいちゃんに、心から感謝だ。
今沖縄の我が家にもしっかりじいちゃんの可愛い笑顔の写真が飾られています♪
そんな訳で新年早々大変だったんだけど、東京の皆様にもホントお世話になりながら楽しませて頂きました><♪
何ていうか、やっぱり東京ってか下町ってのは、生まれ育った町だなあと思ったね。
2月末まで沖縄で仕事をして、3月には東京へ帰る。
行くまでは住む場所の事も分からなかったし、不安が大きかったんだけど今回戻るって気持ちで帰った東京では、これからの新しい生活が見えて、またひとつ違った。
東京、沖縄。どっちも素敵だね。
これからがまたどうなっていくのか分からないけど、とにかく先を見て、一歩一歩進んでいける様に、じいちゃんの様にあっぱれな人生を送れるように、まずは思い残す事のない様に沖縄での仕事を完成させないとね。
・・・完成は難しいかww
とにかくその前に東京生活で肥えた体をスマートにしよう。(久々会った人に誰だか分からなかったって言われる位太ってしまったんでw)
身も心も無駄なものをそぎ落として東京生活に備えないとね!
またゆっくり更新します☆
沖縄はそろそろ桜の季節。
桜だけは見て帰りたいなあ~~~~










