読後、救いのなさに驚いた。


普遍というものがこれほどまでに人を苦しめてしまうというのがなんとも受け入れ難い。


苦しんでしまうのは、時代が人間を作り、また人間が時代を作って徐々に変化していくのに対し、人間は生まれながらに持っている良心を無くすことができず、変われないからだ。


そんな時代に身を任せ、環境に身を任せ、変化しようと、適応しようとする。


しかし、本質は変わらず理解できないものは、理解できないままで、適応なんてできないし、争うことも当然できない。


そんな中で人間は何を感じ、何をするのか。


両親が残っている人間、”正常”な人間は残酷な運命を経験し、争うこともできず、良心の呵責により苦しむほかないのだ。


時代背景のせいか、”神”の悪戯かは分からないが、良心を持ち合わせない人間もいる。


いや、持ち合わせないというより、良心が麻痺している。


それの呵責によって苦しむこともなければ、罰が降りかかることもない。


打算的な生き方を肯定するしかなくなる。


時代の無慈悲な流れと空気に作り出された、人間達の苦悩と疑問を抱く、そんな作品であった。


一つ文句を言わせて欲しい。


確かにそういった流れは不可逆で人間の力では変えられないのかもしれない。


そして自分も変わらないからそれとこれとのギャップに苦しむ。


しかし、この小説の登場人物はあまりにも流れに忠実で抗おうとしない。


仕方がないなんて、思わなくてもいい。


受け入れることも大事だが、抗い、希望を持つことで見えてくる世界もきっとあると思う。