私はよく無駄に考え事をする癖がある。

 少し前までは楽しいことを考えていたというのに、気が付いたら悲しい現実に想いを馳せている。

 あぁ私は、なんて下の下の人間なのだろう。この世界には、輝いている人間が多すぎる。

 

 私には友人が沢山いる。私が友人と思っているだけかもしれないが、それでも「私が友人と思っている人」は沢山いるのだから事実といえるだろう。

 友人といる時は、明るい阿呆を演じるのが常だ。そうすることが、私が人との関わりの中で生きていける唯一の方法であるということを知っている。私は生きていく上で友人に、私といる時につまらないと感じられるのが、たまらなく怖いのだ。

 例えばある友人が、私といるより他の人と時間を共にしている方が楽しいと感じられていたとするなら、そしてその事実に確証はないまでも私自身が感づいて(あるいは被害妄想の類かもしれないが)しまったものならば、その瞬間の私の心はひどく傷つき、その現実(あるいは妄想)を悲観し、見知らぬ友人の友人に対して嫉妬の念を抱くことだろう。

 実際にそういったことはままあったことであるが、その都度私はその友人と距離を置くことに力を費やした。もちろん笑顔で明るくさりげなく。

 

 反対に、一人でいる時間は私にとって至福の時間である。私は私に自信というものがまるでないものだから、人と会わない時間の「マイナス」を隠す必要がないという事実に、至極だらしなく寄りかかっているのだ。

 「何をするにも縛られない」「自分のペースで行動できる」といった一人の時間の利点など私にはどうでもよいのだ。それよりも、「本来の自分を隠す必要がない」という最大の利点に、私の体は心地さそうに身を預けている。

 

 そんな私だけれど、SNSはよく活用する。Twitterとインスタグラムは特によく使う現代人だ。そこでは私が友人~知り合い程度の人たちに「こう思われたい」という気持ちを持って投稿している。例えば出来事を面白おかしく誇張して投稿し、ユーモアがあることをアピールする。かと思えば時事ネタについて真面目且つ簡潔に投稿し、知的な部分を匂わせる。又時にはインディ系の歌手や俳優に注目していることをさりげなく投稿し、物知りな人という認識を持たせる。

 私は人の反応に自尊心を大きく左右される、あまりにも人間臭い人間なのである。

 

 なんだかもう支離滅裂だが、上記が私の簡単な自己紹介である。(誰にだろう)

 こんな私だから、こういった私の本心をTwitterなどの世界で述べてしまうと私のイメージは天変地異の如く覆ることだろう。だから私が特定されない(であろう)この世界で、私は私の本心を思うままに投げやりに書いていくことで、本心を完結させたい。

 だから私はこのブログを誰かに見てもらいたくて書いているのではない。これは私の考えている事や悩んでいる事、ふいに感じたことなどをただその時の本心として書き留めておくためだけのブログだ。

 ブログの世界は初めてなものだからよくわからないけれど、恐らく誰も読まないだろうと信じて、糞みたいな私をさらけ出したいと思う。そして日本語下手だけれどかっこつけて書こうと思う(なんとなく)

 ただなんでも三日坊主な私だから、更新頻度も急に低くなり、その内書かなくなるだろう未来もおおかた見えているので、さらけ出しきれないだろうというつもりで生きていこうと思う(なんだかもうよくわからない)。

 

 以上