今日は彼の言葉を書き留めておこうと思います。
忘れないうちに・・・(笑)
オノロケですが、不快に思う方は素通りしてください。


なんだかんだで式まであと330日。
プロポーズからのこの半年、いっぱいケンカしました。
一方的に私がまくしたてるのに対して、彼は黙って聞いてるだけのケンカですけど。

決めたゲストハウスにはまだあと一年以上もある段階で不備がとても多く、

どうしても不安が募り、内金返ってこずともキャンセルすることにしました。
そして式場自体変更することになりました。

それでも。
嫌な顔ひとつせずに取り仕切ってくれる彼に感謝。
キャンセルから新しい式場の手配まですべて手配してくれました。
無事に、いい式場もすぐに見つかり先日やっと落ち着きました。





「嫌な役回りばかりさせてごめんね」と私が言った時の彼の言葉。

「俺は、こういう逆境に耐えるのは得意だから。冷静に対処をしていくのは任せて。
 だけどお前は、こういうの弱いでしょ?すぐにマイナス思考のどん底に陥る。
 お前の得意は、楽しいことをもっと楽しくできること。だからそっちの仕事はお前に
 任せるから。頑張ってよ。」


うれしかった
この人と一生をやっていこうと改めて思いました。
そして、得意不得意関係なく、辛い時もずっと一緒にいようと思いました。

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私たちが決めた会場は、プロポーズ後、すぐ、教会式のライトアップがステキドキドキと思っていた私が

「ここに見学にいこーよ」と言っても、彼の会社の人がよく使用するホテルということで

「そこはちょっと・・・」と彼が見学さえも渋っていた会場でした。


しかし、もう先入観うんぬん言ってられない状態にある私たちには

選択の余地がありません。

そして・・・会場見学したところ・・・すぐに気に入りました!

なぁんだ、最初からここに見学行ってればよかった。


会社説明会や会合などとは違って、披露宴仕様となる会場は私たちの思いも満たしてるし

また、会社の人がよく利用するだけあって、スタッフさんは彼の会社の人の好みのお酒・好みのスタイルも把握してました。

そして、何よりスタッフさんたちには品があって、押し付けがましくない!

即決!したいところですがゲストハウスで痛い目(キャンセル代:十萬YEN也)見てるので

それでも慎重に、3度ほど見学させてもらいました。


そのゲストハウス内金はキャンセル代として返金されません。

でもそれは、私たちにとっての勉強代として支払ったものとして考えようと思います。


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怒涛のように半年が過ぎました。


ブログを更新せず。

いいことも悪いこともいろんなことがありました。


私の優柔不断な性格のせいで、式場がまったく決まらず(笑)

というか、自分たちの、親たちの、会社ゲストの、友達ゲストのことをフルに考えすぎて

ワケがわからんくなるほど、パニックに陥っていたのです。

そこへ、母から「いい加減に決めなさい!」と怒られ・・


結局一番ステキだった、ゲストハウスに決めました。

彼は、「サービスもいいし、付帯設備も整ってる。何より見学の時からお前のテンションが一番

高かったのが、ここの会場だったから」

という理由で決定してくれました。

しかし、ここは名古屋で一番高いといわれるゲストハウス。


大丈夫?と聞く私に、

「何よりもまずお前のための式なんだから、お前が一番好きな場所で挙げさせてあげたいから」と彼。


うれしかった。

その言葉と気持ちもそうだけど。

いろんなことがあったけど、この結婚式に関して、一生懸命になって取り組んでくれる姿勢が。

仕事も激務にも関わらず、文句ひとつ言わず(私は彼に罵倒をくり返してたけど)。


涙顔を直すために化粧室へ行く私。

その時、彼は仲良くなったプランナーさんと、こんなことをお願いしていたんだそう。


「彼女のためにここに決めました。だからこそ、彼女の笑顔が絶えることのない最高のサービスを

してくださいね」


そんな口約束(笑)

どれほどの効き目があるのかは、今となってはわからないけれど、その気持ちもうれしかった。

そんな話をしていたなんてちっとも知らない私は、トイレでるんるん、母に「式場決めたよ」報告をしてました。


式場付近は、私が大好きだった場所。

秋になれば吹くだろう風の匂いが最高に好きでした。


そんな話を以前、彼にもしていて、

その頃の私と彼はまったくの別の場所で全くの見知らぬ他人でした。


でも今は彼とその町を歩いてるなんて♪

縁って不思議なものですね。



そうそう、お食事の時には彼のお兄さんも同席しました。

もちろん、会話はほとんど無く(笑)

お兄さんは、タダ飯を食べに来ただけでした。


うちの食事の時、わたしの弟は、一生懸命に場を和まそうと

会話をしていたのに対し、お兄さんは間逆の行動でした。


お兄さんにはまだお嫁さんもいませんし、まだ反抗期なのか

お義父さんやお義母さんには、まるで中学生の親への接し方のような

そんな会話でした。


いろいろ、カルチャーショックな食事会が終わり、

ホテルロビーにて別れました。


義父:「明日は観光に行くので、8時半にココに迎えにきます」


義父さんは、体調が優れず風邪をひいてらっしゃったこともあり

ワタシは、私は何度もこれから来させていただきますし、観光はいつでもできます。それに挨拶にきたわけなの   で、観光よりもお義父さんの体を優先してくださいね

といいました。


これは本音です。


そして、もひとつの本音。

2日目もあるなんてしらんかったし!!!!!!!


ホテルの部屋に入るなり、ケータイを出し、

ボタンはちゃのママへ発信しておりました。


そして号泣。

今日一日分の理不尽な扱いに、悲劇のヒロインぶるわけでもなく

涙があふれました。


私は、甘やかされて育ったので、こんなことに怒ってしまうのでしょうか。

歓迎されてるんだか、疑われてるんだか、よくわからないまま

一日目が終了しました。


ママは優しく、私を諭してくれてそのまま電話をきり、

それでも涙は止まりませんでした。


その後、再び今度は弟から電話がかかり

家族会議(うちは家族の仲がいいので)があったよ。と。


彼と彼の家族関係について。

威圧的な厳格父のもと、あまり仲良しの家族ではないこと。

信頼関係などは、ないこと。

お義母さんも、共働きだったため、幼い頃からおばあちゃんに育てられ、

思春期の終わる頃から大学、就職してからずっと、県外に一人で暮らしを始めた。


これは事実。


ここからは弟の勝手な推測。

なので、ご両親は基本的に息子を信頼しきれていないので、

私に質問攻めがあったこと。

義母も今頃になって母性本能が生まれ、何かしてやれることはないかと干渉しだしたこと。


だから・・・

彼も、仲良しであるワタシの家族に憧れがあり

プロポーズの理由もワタシの家族のような家庭にしていきたい、と言っていたので

彼の職場も名古屋だし、こっちで仲良くなろうよ、と。

お盆とお正月くらいは、我慢してつきあうようにすればいいよ、と。


ほんとに年下だろうか。というような弟のアドバイスに

勇気付けられ、パパにもママにも「彼が好きなら、明日だけは我慢しなさいね」

と励まされました。


決して、彼のご両親が嫌いなのではなく、

もちろん、愛すべき部分もあったし、

ワタシをいい子だと、思ってくれたようで、

彼家からすれば、大満足との感想をいただきました。


ですが、こっちサイドは、母も父も言いませんが

ねほりはほり事件には傷ついたと思います。


それに。

このご両親あって、彼の自信のなさだとか、悪い部分が形成されたのだと感じ、

彼がかわいそうに思えた部分が多かったから

しゅん、となった経験でした。


それに。。。

彼は次男で、ワタシはその嫁なのに

まるで、長男の嫁かと錯覚するような縛りつけのあるコメントの数々に

ビビリぱなしで、彼もワタシも軽く洗脳されてました。