夕飯の片づけをしていると、夫がのそっとやってきて「手伝おうか?」と聞いてくる。
それに対して私が「いいよ、大丈夫」と答えると、彼は「そう?じゃあゆっくりしてね」と言って去っていく。
……いや、そうじゃないのよ。 その「手伝おうか?」は、本気でやる気があるかどうかの確認じゃなくて、「今やるべきことに気づいてますよ」「僕も協力する気持ちは持ってますよ」っていう、いわば“やる気アピール”でしょ?
こっちは「いいよ」って言いながら、心のどこかでは「それでも一緒にやってくれるかな」と期待してるの。
つまりそれ、日本語の社交辞令なのよ。
「じゃあ手伝うよ」と言ってほしかったし、たとえ黙っていても、食器を拭くくらいしてくれてもよかった。
なのに、「いいよ」って言ったら、本当に手を引っ込める夫よ。律儀か。
たぶん彼にとっては、“やる気があるか聞いたのに、断られた”という事実が全てで、 「じゃあ、やらない。正解。」と判断しているのかもしれない。
でもね、それってさ、気持ちの機微を読み取ろうという努力の放棄だと思うんだよね。
私だって、時々「疲れた」って言われたら、「そうだよね、大変だったね」って言いながらも、 心の中では「だからって何もしなくていいとは言ってないよ?」って思うことがある。 気持ちって、言葉の裏に潜んでるものだから。
「いいよ」の中にも、「ちょっとだけでも助けてくれたらうれしい」が隠れているんだよ。
夫婦って、そういう言葉の“裏”を感じ取れるかどうかが、結構大事なんじゃないかな。
黙っててもわかってくれる、なんて傲慢かもしれないけれど、
わかろうとしてくれる姿勢は、たぶん、もっと大きな信頼に繋がると思うの。
「いいよ」に甘えないで。
とりあえず、皿ぐらいは拭いてみて。

