最近、休日は何の楽しみもなく、憂うつな気持ちも抜けず、起きられないことが多くなった。
義父も今朝は珍しく私よりも遅く起きたので、ゆっくりとブランチを食べようかと、準備していると、
玄関のチャイムが鳴った。
町内会の連絡か、集金か、何かか?
玄関のドアを開けると、
見覚えのある懐かしい顔。
夫が生きていたとき、
夫が酒を浴びるほど飲んで、悩んでいた頃、
しばらくの間通っていた断酒会で一緒になり、よくお会いしていたAさんだった。
Aさんも、旦那様の激しい飲酒に悩み、困り果てて、私と同じように断酒会で苦しい思いを吐き出していたのだった。
もう2年半ぶりぐらいになるだろうか。
びっくりしている私に、
Aさんは、
「実はうちの夫も、酒が止められないまんま、亡くなってしまったのよ。
○○さん(私の名前)のだんなさんが亡くなってから、1カ月と少しぐらい後だったけど。
○○さん(私の名前)、どうしてるかなって、
ずっと話をしてみたいと思っていて、
家のことも落ち着いたら、会いたくなって・・・」
と、話してくれた。
Aさんにはいつも断酒会でお会いしていたが、電話番号も教えていなかった。
住所だって、地名までしか知らせていなかった。
地名と門柱の表札を便りに、我が家にたどり着き、玄関の表札に私の名前を発見して、もしやと思いながら、訪ねてくださったのだという。
夫の仏壇にと、花を持ってきてくださって、
お線香をあげて、手を合わせてくださった。
Aさんの夫は、飲酒がやめられないまま、食べられなくなり、
食道がんが発見されたときには、手遅れの状態で、入院したものの、間に合わなかった
とのことだった。
夫が亡くなった後は、息子さんと義母(夫の母)と同居。
義母の認知症がひどくなり、先月から施設に入所できたので、ようやく昼間、自分の時間がもてるようになった。
と、明るく話してくださった。
私の夫は、酒を浴びるほど飲んで、心筋梗塞を起こしてあっけなくあの世に行ってしまった。
その後は、義父(夫の父)とやむなく同居している。
Aさんは、だんな様が亡くなった後も、時々断酒会に通っているという。
「○○さん(私の名前)もよかったら、また(断酒会に)おいでよ。」
と、誘ってくださったが、
断酒会に行けば、酒を断ち続けてアルコール依存症回復している方々とお会いすることになり、
夫が生きていた頃は、
「うちの夫もアルコール依存症の治療につながったら、こんなふうにきっと回復できるだろう。」
と、断酒しているアルコール依存症の方々の姿から希望をもらっていたが、
夫が亡くなった今、
断酒して回復している方々にお会いしたら、
「うちの夫は、こんなふうに治療につながって回復することはできなかった。」
と、悔しくて残念に思う気持ちでいっぱいになってしまうだろう。
私は、それが怖くて、とても断酒会には行けそうもない。
と、自分の思いを正直に吐き出して・・・
アルコール依存症の夫に悩み、断酒会に通っていた妻たちの中でも、
私やAさんと同じように、アル症の夫が亡くなってしまったという方々が何人かいるという。
Aさんは、
自分と同じ「アルコール依存症の夫を亡くした妻たち」が気軽に集まって語り合えるお茶会みたいな場を設定したい。
これから何人かに声をかけてみたい。
そのときは、連絡するから、気軽に顔を出してね 。
と、語っていた。
そんな話をあれこれしながら、
お互いの電話番号とLINEを交換して、
Aさんは、明るく颯爽と、帰っていった。
すごいなぁ。
なんだかんだと、いつも後ろ向きになってしまう私より、何倍も前向きだなあ。
夫の死後、
「お世話になった断酒会の方々にもご挨拶しなくちゃ。」
と、思いながら、
2年3カ月以上経っても、いまだにできずにいる私。
断酒会に行くのは辛すぎて、とてもできそうもないけれど、
Aさん主催の「アルコール依存症夫を亡くした妻たちのお茶会」には、思いきって行ってみようかな・・・