2016.3.16 Weds.


«黒木»






どうしよう、図書館に着いてしまった。
エントランスの横にはN市のシンボル樹齢150年の楠がある。

名残惜しくて、やっぱりまだ帰りたくない。
二宮くんがふり向いて右手を差し出した。


「じゃあ、ここで。
 黒木さん、本当に今までありがとう。」
「二宮くん。
 前から思っていたんだけどね…。」
「なに?」
「もっと自分を認めて?
 あなたは凄い人だよ?」
「僕?」
「単純に成績が1番で、運動も音楽もできて…それだけでも凄いことなの。」
「……。」
「お母様の病院に通って、家のことも全部やって、お弁当まで作って。苦労してるのにいつも穏やかでみんなに優しくて。」
「そんな、僕はただ…。」
「ただ、お母様やお祖母様の喜ぶ顔が見たかったから?
 だからって貴方みたいに実現できる人はいない。家族の為に物凄い努力をして、ひとつひとつ夢を叶えて、みんなを幸せにして…。」
「……。」
「自分のあだ名が“Perfect Fairy”だって知ってるでしょ?」
「それはみんなが気を遣って…。」
「あのね?学園のみんながあなたに憧れ、認めてるの。確かに遅刻や早退、部活免除とか特別扱いしたかもしれない。でもそれは決して贔屓や同情じゃない。あなたがちゃんとそれ以上の努力をしていること、みんなが知ってた。」
「でも、迷惑ばかり…。」
「そんなことない。
 心配はしても迷惑だなんて思ってない。」
「黒木さん、何で…。」
「ずっと隣で見てたから。もっと甘えてくれたら良いのに、何でも手伝いたいのに、何もできない自分が歯がゆくて…。」
「ねぇ、何で…。」
「ただ傍にいるだけで、なんにもできなかったのに…それもできなくなるなんて…。」
「何で…泣いてるの?」


ダメ、涙が止まらない。


「僕からお詫びすることもあるんだ。
 黒木さん、中3は本当ならEクラスの委員長だったでしょ?なのにAクラスの副委員になった。僕が前に黒木サンが副委員で助かるってお祖母様に言ったことがあって。それをお父さんを通じて学校に申し出たらしい。Aクラス副委員長には黒木さんをって。
 僕の知らないところで黒木さんを巻き込んでごめんなさい。社葬のあと聞いたんだ。」
「そう…。」
「何時だって黒木さんがいてくれて、鈴木くんとふたりで助けてくれた。僕は本当に嬉しかった。」
「……。」
「公認カップルなんて言われて、僕は…そんな資格ないのに否定もしないで…。」
「……。」
「噂になるほどいつも一緒にいてくれて…本当にカノジョだったらって、自分では勝手にカレシ気分で…。僕は3年間もそれに甘えてた。」
「……ごめん、私。」
「なんで?謝るのは僕のほう。イヤな役回りばかりさせてごめんなさい。」
「いいの…。」
「それなのに、結局、転校して逃げ出すなんて。そのままにして…ずるいよね。自分勝手でごめんなさい。でも、明日でおしまい。
 今までありがとう。」
「二宮くん、私…。」
「お願い、もう泣かないで。」


もう一度差し出された手、今度はゆっくりと握り返した。涙で言葉が詰まって何も言えない。

なんで私…ちゃんと告白しなかったんだろう?ずっと隣りに居たのに…。何度もチャンスはあったのに…。生来の消極的な性格が邪魔したの?
俯く私の目から後悔があふれ出し、落ち葉にポツポツと音を立てた。

「やっぱりごめん、最後のワガママ…。」

つないだ手を強くひかれ、気づけば彼の腕の中にいた。ゆっくりと抱きしめられ、彼の囁きが頭の中に響く。


華ちゃん、最後までゴメンね。
 僕のことは…もう忘れて?」

神様、時間を止めてください。

「今までありがとう。
 僕は君を…忘れない。
 

このままもっと彼の腕の中にいたい。

でも、最後くらい私から動かなきゃ。
もう、手遅れかもしれないけど…。
これ以上、後悔したくない。




二宮くん…。
最後は逃げずに受け止めて…。
ずっと…貴方が好きでした。





N市中央図書館前、樹齢150年の楠の陰…。

ファーストキスは……
……お別れのキスになった。