2016.2.12 Fri.

«黒木»
 



今日は金曜日。
私も鈴木くんも部活で、二宮くんが一人で帰る日だ。それでも彼は私達の心配をちゃんと理解して、毎週帰り際に必ず笑顔で声をかけてくれる。私達も彼に気を遣わせないように部活に行く。




でも。今日は朝から違った。
いつものように優等生スマイル、なのに何かが違う。

「おはよう。」
「おはようございます。」
「寒いよね。」
「うん、毎年この辺りで雪降るものね。」
「そっか、もうそんな時季なんだね。」
「これ。一応バレンタイン。
 今年は日曜だから、多分今日がピークだと思うけど。」
「ありがとう。今年も黒木さんが最初だ。
 毎年気を遣わせてごめんね。
 今年も…ヨロシクお願いします。」


義理チョコでも友チョコでも無いんだけど。

毎年、山のようにチョコをもらう二宮くん。
ホワイトデーのお返しを毎度手伝っている。
私と鈴木くんにはいつも御礼をくれるけど、私がホントに欲しいのは皆と一緒の『お返し』でも鈴木くんと同じ『御礼』でもない。
入学以来、ずっと同じクラスの正副委員長、周りのみんなには公認カップルと思われているのに、実は中1からさほど距離感はかわっていない。鈴木くんだけが現実を知っている。

中1の頃から二宮くんは告白されまくっていて、何なら高等部の先輩からも大人気で、毎年バレンタインはたいへんなことなる。ちょっと気の毒なくらいには。
だから公認カップルと思われていたほうが、少しでも二宮くんの周りが落ちつくと思ってあえて否定も肯定もせずに今日まで来た。

解っている、このままの方がいい。
それもこれも彼の平穏な日々の為だ。



いつものように鈴木くんが乗ってきた。

「昨日ね、お祖母様が名前を呼んでくれた。
 多分、お母さんが亡くなってから初めてだと思う。」
「え、それじゃ……。」 
「もう身代わりは終わり、今日からもっと自分と向きあっていこうと思うんだ。」
「じゃあ部活とか始めるのか?」
「いや、それだと今まで頑張ってきてる人達に申し訳ないし失礼だよ。」
「そんなことないと思うけど…。」
「僕がやってきたこと、間違ってたとは思わない。急に違うこともできないし、毎日をしっかり生きようと思う。今まで二人に迷惑ばかりかけていたからまずは委員の仕事もちゃんとやる。それにお母さんが残してくれたものも守りたいし。両親にもらった命、お父さんにも恩返ししたいんだ。」
「あんまり頑張るなよ。」
「無理はしないでね。」
「うん。、心配しないでね。」

なんだか雰囲気が変わった。
穏やかに微笑みながらも強い意志を感じる。

それ以上、二人とも何も言えずそのまま学校に着いてしまった。いつも通りに授業が進み、放課後になった。


「コーラス頑張って、また来週ね。」
「うん、月曜にね。」
「あ、チョコありがとう。」
「あ、うん、バイバイ。」


なんだか急に大人びた様子で、また彼との距離が遠のいたような気がした。

それにしても『恩返し』なんて…。

お母さんのために、信じられないくらい色々頑張ってた。誰にでも出来ることじゃない。
今までだって十分『親孝行』だったのに、この上まだお父さんに尽くすの?
そもそもお母さんが亡くなったこと、本気で自分のせいだと思っているの?



それとも、まだ…。
私達の知らない秘密があるのだろうか?
飴色の瞳からは何も読み取れなかった。





前倒しのバレンタイン、プレゼントの山を抱えて校門へ向かう“Perfect Fairy”…。
サラサラの茶髪が夕日に煌めいていた。