更に過去エピです。ヒロコさん語りで…。




1999年
8月

「お嬢さま、充さんからお手紙です。」
「ありがとう。ママには内緒にしてね。」

奥さまに内緒で手紙を届けた。
30年以上お側にいて、初めて隠し事をしている。
ピアノ発表会、連弾してくださった充さん、同い年のお二人が意気投合したのは自然なことだった。
生まれつき病弱でやりたいことの半分もできずに18才まで生きてきたお嬢さま。最初で最後の恋に落ちた。今までで一番幸せそうな姿を見て思わず応援してしまう。もうすぐ充さんが留学してしまうし、今だけはおふたりに笑っていただきたい。






10月

問題は充さんがお嬢さまの婚約者の弟だったということ。まさか充さんが全然知らなかったなんて…。先月、誠治さんが帰国されてその事実を知らされ、入れ替わるように留学された。
誠治さんはすぐに気づいて、婚約を解消しようと相談されている最中だ。

パリから初めての手紙が届いた。


「ヒロコさん! パリに電話して!」
「どうされました?
 充さんに何かありましたか?」
「もうお別れだって。
 キミは兄さんと幸せにって。
 婚約は解消することを伝えなきゃ。」
「正式に決まってからの方が良いでしょう。
 充さんとお付き合いしていたこと、旦那様や奥さまはご存知ないんですから…。物事には順番があります。誠治さんが必ず説得して、連絡して下さいますよ。」
「でも…まるでもう会えないみたいに…。」
「パリで声楽を頑張られるんですから、しばらくは会えないってことでしょう。」



──翌朝。
ご家族揃って朝のティータイムを過ごしていたら、ひどく慌てた様子で誠治さんが訪ねてこられた。

「誠治くん、何事かな?」
「翠ちゃん!たいへんだ!」
「おはようございます。どうされました?」
「充が!さっき連絡があって、充が…。」
「何です?一体…。」


パリで滞在中のホテルで充さんが亡くなった。
下宿先を決めるため同行しようとした現地の知人が、約束の時間になっても現れない充さんを心配してホテルの従業員と部屋を訪ねたら、既に亡くなっていたらしい。詳細は調査中とのこと。

「そんな…。」
「翠ちゃん!」

家族と誠治さんの目の前でお嬢さまが倒れた。
すぐに掛かりつけの医者が駆けつける。
元々病弱なお体、すぐに入院させることになった。




……こんなことになるなんて。
お嬢さま、気を…たしかに──。