ひとつ前のお話 → 秘密44
更に前、納骨式 → 秘密42
来週の火曜日、16日はお祖父様の祥月命日だ。
3年前、R学園の合格者登校日に首席合格したことが判った。“誓いの言葉”を新入生代表で言うことになったと報告したその日の夜、お祖父様は眠るように亡くなった。突然で驚いたけど実は少し前から末期ガンを患っていたと後になって聞いた。自覚症状が出にくい膵臓ガン、健診で見つかったときにはすでにどうしようもなかったらしい。まだ60代半ば、進行も早かったようだ。病弱な一人娘を遺していくのはさぞかし心残りだったと思う。
今日は皆揃ってお墓参りだ。
お母さんを納骨してもうひと月近くになる。
まだ、お祖母様との距離は取り戻せずにいた。
お祖父様がお気に入りだった天麩羅店で食事をする。
「翠もココの天麩羅が好きだったわよね。」
「そうですね。入院してからも何度かケータリングしてもらいましたから。」
「今頃ふたりで羨ましがっているわね、きっと。」
お母さんとお祖父様、ふたりを懐かしむ様子で話しが弾んでいる。僕とヒロコさんは目配せしながら、黙って食べた。
最後に柚子のシャーベットを食べていたら、お父さんに会社から電話が入った。わざわざ祝日を選んだのにこれでは意味がない。
「お義母さん、取引先の都合でちょっと社に行かなければならなくなりました。
和也をお願いしてもよろしいですか?」
「わかりました。家まで送ります。」
えぇ?お父さん、会社に行くの?
僕はもう一度ヒロコさんと目を合わせた。
お祖母様の運転で家に帰る。
沈黙が怖くて、まだ決心がつかないままお祖母様に相談してみる。
「お母さんのピアノ、本家に戻した方が良いでしょうか?」
「翠のグランドピアノ?」
「はい、元々お祖父様のプレゼントだし、
僕は自分のが部屋にありますから。」
「…そうねぇ……。」
結局、その後恐ろしい程の沈黙のまま、家に着いてしまった。
「お茶にしましょうね。」
ヒロコさんがキッチンに立つ。
僕はお母さんのピアノがある洋室との間仕切りを全開にしてカーテンも開けた。
お祖母様は懐かしむようにフタを開いてそっと鍵盤に触れる。
「最期に弾かせてやりたかった。
あの子がこれを弾いたのは何時が最後だったかしら?」
「入院前、たしか僕の誕生日の前日だったと思います。」
「そうだった…。翌日あなたが真似して弾いて…。」
「はい、初めて唄いました。」
「お茶をいただいたら、聴かせてくれる?」
お祖母様お気に入りのFAUCHONのアップルティーはお母さんも大好きだった。
やさしい香りに包まれながらゆっくりと飲む。
このグランドピアノを弾くのも最後かもしれない。そう思うとなんだか胸が苦しくなった。
それでもできるだけ心を込めて弾き、
お母さんを想って唄った。
ふと、お祖母様を見ると泣いてらした。
「本当に、充さんにそっくり。
やっぱり…血は争えないわね…。」
「…奥さま…。」
ヒロコさんまで泣いていた。