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「時間だ、急ごう。」

階段へと廊下を急ぐ。
ホールに出るとニノが小さく息を吐いた。

「やっぱり疲れたよね。大丈夫?」
「うん、大丈夫。
 潤くんありがと、ひとりで歩ける。」
「あ、ごめん。ここではマズいよね。」

慌てて手を離し、階段を上がる。本当はこのまま連れ去りたい。公園での出来事を……自分の気持ちを確かめたい。

「今日は家まで送らせて。」
「……ごめんなさい、今日は……。」

教室に着いた。扉を開くとクラスメイトが歓声を上げる。

「ニノミー!ニノミー!ニノミー!」
「……ありがと……。」

耳まで真っ赤になって席に着いた。
学院のアイドルに決定だよ。ガードが大変だ。
SHRはサクサク終わる。

「よし、帰ろう。ギター取りに行く?」
「あの…大野さんと帰る約束してて…。」
「大野さん?さっきニノのお父さんと帰ってたよ。」
「父だけ送ってもらって、大野さんは私が終わるのを待ってくれているんです。」
「なんで?」
「大野さんの家に行きます。
 今日は……家には帰らないから。
 いつも心配かけてごめんなさい。
 ありがとう、月曜日に!」

うそ…
家に帰らない?お父さん待ってるんじゃ…。
やっぱりニノのことはサッパリわからない。
音楽準備室へ向かう背中を見送った。


茫然と歩いていたら、正門を出たところで櫻井先輩に呼び止められた。

「二宮は?一緒じゃないの?」
「…大野さんと帰るそうです。玄関ホールで別れました。」
「んじゃ、今入ったのは大野さんの迎車か。」
「いつもオレと…モデルしてた日でも、絶対に電車で帰るのに…。」
「そういえば、学校からは車で帰ったことはないよな。」
「家には帰らないって…。大野さんと…。」
「帰らない?大野家に泊まるってことか?」


もう何が何だかわからない。
櫻井先輩、また何か知ってるんですか?
だったらオレにも教えてください。

正門からゆっくり車が出てくる。
影のように通り過ぎていく。
大野さんとニノが寄り添って乗っていた。
先輩と黙って見送る。


「とにかく今日は帰ろう。
 オレもいろいろ考えてみる。
 落ち着いてからゆっくり話そう。」

先輩の斜め後ろを黙って歩く。
駅までの道のりをこれほど長く感じたことはなかった。