«n»



「お父さん、お願いがあるんだけど…。」

平日の夜、珍しくお父さんが早めに帰宅した。

「S学院で部活を始めたいんです。」
「そうか、今までできなかったからな。
 何でも好きなこと始めればいいよ。」
「ありがとう。何でも良いの?」
「何か具体的にやりたい事があるのか?」
「うん。あのさ、潤くんと相葉先輩がバスケ、櫻井先輩がサッカー。誘ってもらって楽しそうだったんだけど…。部活初めてでいきなり運動部はやっぱりキツいかなぁって思って…。
 櫻井先輩は軽音部もやってらして、スカウトされたんだ。」
「軽音部?バンドか?へぇ~櫻井くん凄いな。」
「この間、ピアノ弾いたでしょ?
 それで是非にって…。」
「ピアノが活かせるならいいじゃないか。
 あ、キーボード?になるのかな。」
「…それで、せっかくだから違う楽器をやってみたいなと思って、今いろいろやらせてもらってます。」
「そうかそうか。やりたい事が見つかって良かった。必要なら楽器も買っていいから、思い切りやりなさい。」
「えっ、良いの?ギター、家でも練習したくて…。」
「ちゃんとしたモノを買いなさい。すぐに調べさせようか?」
「あ、大丈夫。自分で先輩とかにもきいて購入します。」
「弾けるようになったら、きかせてくれ。
 発表会?とかあるのか?」
「来月、バザーのイベントに間に合うように頑張ります。……ギター、間に合わなくてもボーカルで出ることになって…。」
「6月?すぐじゃないか!急いで買わないと…。」
「ありがとうございます。
 すぐに先輩に相談します。」
「ボーカルって…。
 まぁ、頑張りなさい。」

最後のひと言は聞こえないふりをした。






少しは緊張はするだろうけど、R学園の中等部代表でいろいろやってたし、昔から人前に立つのは意外に平気だったから、きっと大丈夫。

それよりお父さんの前で歌うのが心配。
小学校1年生の合唱大会以来かな。
あとはピアノ伴奏ばかり、中学生もピアノか指揮だったし。一人で歌ったことなんて一度もない。





智もボーカルに関しては、すごく気にしてた。大勢の前で大丈夫なのかって。
むしろバンドそのものが心配みたいで。
そんな芸能人じゃないんだから…って言ったら怒られた。

「和也はもう充分目立ってるんだ。
 バンドなんてやったら、ましてやボーカルまでやったら、きっとアイドル並に人気が出て、モデルどころじゃなくなる。」


いつも穏やかな智が珍しく強い口調だ。
心配かけて申し訳ない気持ちと、嬉しいような恥ずかしいような気持ちが入り混じる。

何があってもそばにいよう。





智の隣にいつまでもいられますように…。