カナダのマーク・カーニー首相がダボス会議で放った「ルールに基づく国際秩序の終焉」という衝撃的な宣言。ミドルパワー(中堅国家)の連帯を説くその「冷徹なリアリズム」は、遠く離れた日本の地方都市、広島県呉市で暮らす市民の目にはどう映ったのでしょうか。

かつて軍港として栄え、世界の海を見つめてきた街の片隅から、ある男性の複雑な胸中を取材しました。
【街の声】「理屈はわかる、だが…」 呉市で募る不安
冬の柔らかな日差しが差し込む呉港。造船所のクレーンが並ぶ景色を眺めながら、市内に住む元技術者の男性(64歳)は、新聞に目を通しながら深い溜息をつきました。
カーニー首相の演説について話を向けると、男性は「全くもって、ごもっともな話だ」と、まずはその現実主義に賛同を示しました。男性が感じた「正論」への納得男性は、現在の大国主導の国際社会が機能不全に陥っていることを、現場感覚で理解していると言います。
「旧秩序」への見切り: 「大国が好き勝手に振る舞い、ルールが形骸化しているのは、素人目にも明らか。
カナダの首相が『追憶は戦略ではない』と言い切ったのは、実に潔いし、正しいと思う」ミドルパワーの必要性: 「日本やカナダのような国が手を組まんと、これからの荒波は渡っていけん。
結束して自分たちの身を守るという考え方は、現場の仕事と同じで理にかなっとる」「歴史は繰り返すのではないか」という懸念
しかし、男性の表情は晴れません。賛同の言葉の後に続いたのは、長年、組織や社会の浮沈を見てきた世代特有の、鋭くも切実な「予感」でした。「まいったなこりゃ、と頭を抱えとるんですわ」男性はそう言って、実際にこめかみを押さえました。彼が恐れているのは、その「新しい連帯」が成功したその先の姿です。
懸念のポイント:力の変質「ミドルパワー」もいつかは「大国」化する:
「今は『弱者連合』のように見えるが、時が経ち、その集まりが力を持ちすぎたらどうなるか。今の自分たちが批判している『大国』と同じような振る舞いを始めるんじゃないか」力の暴走への警戒: 「ルールを守るために作った組織が、いつの間にか自分たちが新しいルールだと威張り出す。歴史を見れば、そんなことの繰り返しでしょう」終わりのない競争: 「秩序が壊れた後の新しい秩序が、また別の分断を生むだけなら、結局はイタチごっこ。孫の代にどんな世界を残すことになるのかと思うと、暗澹たる気持ちになりますな」と、孫はおろか、子さえいないの深刻な表情で憂いていました。
取材後記:呉の海に重なる国際情勢
「ノスタルジーは戦略ではない」という言葉は、確かに力強い一歩かもしれません。しかし、広島・呉という、かつての「力の象徴」が歴史の荒波に揉まれた地で暮らす男性にとって、「力の連帯」が「権力の増長」へと変わるプロセスは、決して無視できないリスクとして映っています。カーニー首相が説いた「主体的な秩序」が、かつての覇権主義の二の舞にならないという保証はあるのか。呉の街角で漏らされた「まいったなこりゃ」という独り言は、現代のリアリズムが抱える大きな宿題を突きつけているようでした。