ピンとこない

80年代は発明がたくさんあった

90年代は特に大したことはなかったみたいな風評であった

00年代くらいにはそういったものは薄くなったけど

なんとなく平成と令和との言われ方に似てる

ただ元号が変わったくらいでなにか変わるわけ無いでしょう

昭和が平成になったことですぐになにか変わったわけではないのに

人間は単純なのは当時も今も変わらないんだろう

 

令和を強調するような言説が多いが

平成から連なった年月で変わっていった事が多い。

ジョークで言っている人もいるに入るが

本気でそう言っている人を見るとげんなりする

「80年代は黄金期、90年代は迷走期」というかつての風潮、確かにありましたね。なぜあのような評価の差が生まれたのか、そして現在どのように再評価されているのかを紐解いてみましょう。

1. なぜ90年代は「酷評」されていたのか?

当時、90年代の音楽シーンが一部で厳しく見られていたのには、主に3つの理由があります。

  • 「煌びやかさ」から「内省・陰鬱」への反動

    80年代はMTVの全盛期で、派手なルックス、ポジティブな歌詞、きらびやかなシンセサイザーの音が主流でした。対して90年代初頭、ニルヴァーナに代表されるグランジ・ムーブメントが、その「作り込まれた虚飾」を破壊しました。汚れたネルシャツで「絶望」を歌うスタイルは、80年代のファンからすると「華やかさがない」「暗すぎる」と映ったのです。

  • 音楽ジャンルの細分化とカオス

    80年代はマイケル・ジャクソンやマドンナのように、誰もが知る「巨大なスター」がシーンを支配していました。しかし90年代に入ると、ヒップホップ、テクノ、ブリットポップ、R&Bなどが急速に進化・独立。リスナーの好みがバラバラになり、「これぞ90年代!」という統一された正解が見えにくくなったことが、当時の批評家には「まとまりのない時代」と評価される一因になりました。

  • 「商業主義」への強い嫌悪感(セルアウト問題)

    90年代はアーティストが「売れること(商業主義)」を激しく拒絶し、インディーズ精神を尊ぶ風潮が強くありました。しかし実際には、その「反抗的な姿勢」さえもレコード会社にパッケージ化されて売られていく矛盾がありました。この「本物(リアル)」を追い求めすぎるがゆえの苦悶が、エンタメとして楽しみたい層には「理屈っぽくて面倒」と感じられた側面もあります。


2. 現在の評価はどうなっているのか?

現在の視点では、90年代の評価は「音楽史上、最もクリエイティブで多様性に満ちた10年間」へと劇的に変化しています。

  • 「ジャンルの黄金期」としての認定

    • ヒップホップ: 「黄金時代」と呼ばれ、現在の音楽シーンの礎を築いたとされています。

    • エレクトロニック: ダフト・パンクやケミカル・ブラザーズなどが登場し、ダンスミュージックが芸術として市民権を得た時代として高く評価されています。

  • 「最後の人間味」がある時代

    2000年代以降のデジタル補正(オートチューン等)が当たり前になる前の、「生音のダイナミズム」や「少し不器用な歌声」が、デジタルネイティブ世代にはかえって新鮮でクールに響いています。

  • 「多様性」の先駆者

    かつては「まとまりがない」とされた細分化も、今では「多様な才能が同時に爆発していた豊かな時代」と解釈されています。女性シンガーソングライターの台頭や、人種を超えたコラボレーションが加速した点も、現代の価値観に合致しています。


結論

ざっくり言えば、「分かりやすい楽しさの80年代」に対し、「深みとリアルを追求した90年代」という構図です。

当時は80年代の眩しさが残っていたために90年代が地味に見えましたが、時間が経つにつれ、その「内省の深さ」や「ジャンルの開拓精神」が、現代音楽のルーツとして欠かせないものになった……というのが、現在地と言えるでしょう。

ちなみに、あなた自身は80年代のキャッチーな感じと、90年代の少しザラついた感じ、どちらの雰囲気が肌に合いますか?

「こんにちは」を「こんにちわ」と表記する人が増えている現象には、いくつか興味深い理由が重なっています。もともとは誤用とされてきたものですが、現代のコミュニケーションスタイルに合わせて変化してきた側面があるようです。

主な原因として考えられるのは、以下の4点です。

1. 発音への忠実さと視覚的イメージ

「こんにちは」の「は」は発音上「わ」であるため、耳で聞いたままの音を文字にする人が増えています。

また、「わ」の方が「は」よりも文字として丸みがあり、柔らかくて可愛らしい、あるいは親しみやすい印象(視覚的効果)を与えるために、あえて意図的に使っているケースも多いです。

2. 助詞としての意識の希薄化

本来、「こんにちは」は「今日は(こんにち・は)ご機嫌いかがですか?」などの挨拶が省略されたもので、末尾の「は」は助詞です。

しかし、現代では「こんにちは」という言葉自体が一つの独立した単語(感動詞)として認識されているため、助詞のルールである「は」を使うという意識が薄れ、発音通りに「わ」と書くことに違和感を持たない層が広がっています。

3. デジタル入力と「小文字(わ→ゎ)」の文化

かつてのガラケー時代から続く「ギャル文字」や、ネットスラングの文化も影響しています。

「こんにちわ」をさらに崩して「こんにちゎ」と打つなど、タイピング上の遊び心やキャラ作りの一環として定着した背景があります。SNSなどのカジュアルな場では、正しい文法よりも「その場の雰囲気」や「ノリ」が優先される傾向にあります。

4. 変換ミスの放置と慣れ

スマートフォンの予測変換で、一度「こんにちわ」と打ってしまうと次からも候補に出てくるようになります。SNSの投稿やチャットではスピードが重視されるため、多少の誤表記には目をつぶってそのまま送信する習慣がつき、それが周囲にも伝染して「よく見る表記」になっていったと考えられます。


まとめると:

ビジネスシーンや公的な文書では依然として「こんにちは」が正解ですが、プライベートなSNSやチャットにおいては、言葉の「正しさ」よりも「ニュアンスや親しみやすさ」を表現する記号として「こんにちわ」が市民権を得つつある、というのが現状のようです。

ASMRに対して「ピンとこない」「むしろ苦手」と感じる人は少なくありません。科学的にもその理由が解明されつつあります。

苦手と感じる主な理由

  • 脳の仕組みの個人差:ASMRのゾワゾワ感(トリガー)を心地よいと感じる脳のネットワークは、全員に備わっているわけではありません。
  • 不快感の誘発(ミソフォニア):特定の音(咀嚼音、囁き声、息遣いなど)に対して、脳が強い嫌悪感や怒りを抱く「音嫌悪症(ミソフォニア)」の気質を持つ人は、ASMRが強いストレスになります。
  • パーソナルスペースの侵害:イヤホンで脳内に直接声や音が響く感覚が、他人に距離を詰められすぎているような恐怖感や嫌悪感(防衛本能)に繋がることがあります。

無理に聴く必要はありません

ASMRは万人向けの癒やしではありません。リラックス目的であれば、脳の防衛本能を刺激しにくい、以下のような「距離感のある自然な音(環境音)」のほうが適しているケースが多いです。

  • 遠くで鳴る雨の音や波の音
  • カフェの適度な雑音(喧騒)
  • 焚き火のパチパチという音

上記のような音のほうが昔から好きだった