私は算数では極力絵を描かせていました。

教科書も最初は閉じて始めました。

問題 ここに丸いケーキが一つあります。3人で分けるとするならあなたはどう分けますか?

みなさんだったらどうわけますか?

多くの人はこう描いたのではないでしょうか?



でも中にはこういう絵を描く子もいます。




そういう子には必ず理由を聞きます。

自分がいっぱい食べたいから
ーそっかあ、ケーキ大好きなんだ!いっぱい食べたいもんねー。

家族や友達に多くあけたいから
ー優しいねー!みんなで拍手❗️

私アレルギーで食べられないから
ーそういう子は無理して食べたら大変だもんねー

ということで、三つに分かれてたら全員丸‼️
いやー、今日はすごいねー
一問目全員合格💮

と言って二問目を出します。

問題 丸いケーキが一つあります。3人で等しく分けるとどうなるか絵でかきましょう。

さてさっきと文が違うところがありますどこでしょう?

そうです。等しくという言葉が入りました。

それから、あなたならという言葉がぬけました。

ここで教科書をあらためて開くと、必ず、等しくとか、同じようにという言葉が入ります。


ここで絵を描かせると全員が同じ答えになります。
違う絵を描いた子には、絵を比べて考えさせます。子どもたちに話をさせます。条件が違うよ、と話ができます。

このように、算数とは個人的な条件は頭に入れないというところから出発します。

それが算数・数学の客観的なものの見方につながるからです。