映画/『野火』 | みやのすけの映画倉庫/『ゴジラVSコング』への道


2010/8/23新文芸坐にて
1959年11月3日公開
大映
監督:市川崑
出演:船越英二、ミッキー・カーティス
1945年、太平洋戦争中、敗色濃厚なフィリピン戦線において、飢えに苦しみながら敗走する極限状態の日本兵の姿を描く。
大岡昇平原作、和田夏十脚本。

主人公田村(船越英二)は肺病にかかり、部隊から追い出され、レイテ島を彷徨することになる。


野戦病院では米軍の砲撃に遭う。
病院から一斉にゾロゾロと文字通り「這い出す」無数の傷病兵たちが壮絶。

まず、主役に船越英二を据えたのが成功。
船越はやや軽めに茫洋として極めて無感動に演じ、主人公への安易な感情移入を許さない。


無人の村の教会の入り口に山と積まれた日本兵の死骸。
教会の十字架に群れるカラスのショットは寒気がするほど素晴らしい。
この村で田村は現地人を殺して塩を奪う。
田村を決して傍観者にしない視点がシビア。

日本兵たちは常に深刻な飢餓に直面しており、彼らの関心はただただ食糧にある。
田村が持っていた塩を舐めて思わず涙を流す兵士のアップが印象的。
第二次世界大戦中、日本の軍人軍属の戦没者230万人。そのうち実に140万人が餓死したといわれています。

雨中の行軍の中、死者の軍靴を奪って履き替えるシーンの後、捨てられたボロ靴を自分の軍靴と交換するシーンを次々とモンタージュしていくシークエンスの鬼気迫るユーモア。

この他、無人の村でただ水道から水が出ているシーン、アメリカ軍に射殺されて兵士たちが泥寧に沈んでいく時の何ともいえない不気味な音(これは「死」の音だ!)など、市川崑の音の演出が随所に光る。
また、全編に流れ続ける芥川也寸志の滑稽さと不気味さとリリシズムをないまぜにしたような不思議な音楽、撮影の小林節雄のまるで報道写真のようにシャープなモノクロ映像が強く印象に残る。

この作品は、手榴弾一つを持たされて部隊を追いやられた時に死を覚悟した田村のどうしても捨てがたい生への執着を通じて、食糧を巡って味方どうし殺し合う生き地獄のような戦場を舞台に、単なる「反戦」を超えて人間性の本質に深く切り込む。


そして、観客にも否応なくその刃は突きつけられていることを見逃してはならない。

凄惨な状況を徹底的にドライなタッチで描く市川演出はあまりにも鋭く、凄みが漂う。

掛け値なしの名作で、私は強い衝撃を受けました。

ぜひ、ご覧下さい!