マンガ/一ノ関圭『鼻紙写楽』 | みやのすけの映画倉庫/『ゴジラVSコング』への道
小学館

「幻のマンガ家」といわれる一ノ関圭、35年振りの単行本。

私も名前は知っていたが、読む機会がなかった。それも当然で、一ノ関圭は1975年にデビュー以来、本作を含めてたった4冊しか単行本を出していないという寡作ぶり。

しかしまー、噂には聞いてましたが、絵が超絶上手い。
まずその自在さ、躍動感、そして考証に基づいた背景や着物の柄の細かい描き込み。
本書は手塚治虫文化賞を受賞したが、選者のみなもと太郎は「一ノ関圭は木綿と絹を描き分けられる」と激賞した(ちなみにみなもと太郎の前職は京都の呉服商のデザイナーである)。

その技巧と語りの上手さが、読者を寛政の江戸へいざなう。
そしてその空気、人々の息遣いまでもが感じられる世界に、気が付くとどっぷりと浸かっているのだ。

タイトルの通り、物語は寛政期にごく短期間活躍した浮世絵画家、東洲斎写楽の浮沈を描くが、その一方で歌舞伎役者の世界、田沼意次ら寛政期の武家の世界も描かれ、複雑に入り組んでいる。

その中でも、作者が「写楽を描くには歌舞伎の世界を描かねばならない」と語るように、特に歌舞伎の世界が活写される。

幼くして猟奇犯罪に巻き込まれ、そのトラウマ故に芝居の道にのめり込んでいく天才小役小海老(徳蔵、後の六代目市川団十郎)を中心に、その付き人卯之吉、姉りは、そしてなぜか実子徳蔵を激しく憎む五代目市川団十郎のドラマが描かれる。
この部分は、舞台の裏方のひとりひとりが、生き生きと描かれているのがいい。

ただ、残念なことに本作は未完なのだ。
本書を読み終えた段階で、写楽は未だ世に出ず、りはは惚れ合って結婚した綴勝十郎という夫がありながら、なぜか写楽に言い寄っている。

作者はすでに七十歳だが、実は今、本作の続編を描いているという。
この人の場合、十年は余裕で待たなければならないようだが、さて…。

マニアックな題材を扱いつつ、寛政期や歌舞伎のことを全く知らなくても楽しめるのが、この人の素晴らしさ。

未完ですが、オススメです!


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