世界でたった1人、いつも私をかばってくれた人がいた。

かばい続けて、いつでも、そしてどんなときも だれからも守ろうとしてくれた

たった1人の人。いまでも、あなたと話がしたい。声が聞きたい。

そして、ふつうに名前を呼び合いたい。ただ、それだけのことが、もう今となっては

叶わない夢となった。

わたしの片足で、わたしの支えで、誇りだった。

がんばったときは、あなたがいたから。

たった1人の信用できるひと、それが私の兄。

母も父も、信用できなかった幼少時代。友だちも先生もなにか他人のように遠かったあの頃。

いじめられっこだった、わたしをかばってくれた人は、兄だけだった。

遠くへいくときも、見送りにきてくれたのは兄だけだった。

勇気づけて、自分のことよりも、励まし続けてくれた人が、

もう、いまはいない。

もう一度、会話ができますか?

可能なら、もう一回だけ、何もなかったあの頃の風景のなかで生きてみたい。

わたしは、この先、だれのためにがんばればいいのだろう?

何のために、生きていけばいいのだろうか?

もとに戻って、おにいちゃん。





「ずっと信じられなくて疑ってばかりいて泥沼のなかにいるような
苦しさしか感じていなかったあなたとの愛。
なぜなのだろう...
いつも、うまくいかないことばかりをおもって悲しくなっている自分がいた。
どうしても、一緒になることなんて想像できなかった......」


 でも、うまくいかないばかりじゃないことだって同じくらいある。
どんなに不釣り合いな2人のように、世間からみられていても結ばれ、
幸せにくらしている人だってたくさんいる。
 この両者は何が、ちがうのだろうか?
「信じる」ことを素直にしただけなんじゃないだろうか。
 うまくいくと心からおもっていて、しあわせだったから
 結ばれたのではないだろうか。

 恋は、確実性のない橋。
でも信じて渡った者だけがむこう岸にわたれる。
信じれない者は、橋の入り口で、迷っている。
ずっと、考えても、やってみなければわからないことを
ずっとやる前から悩んでいるのかもしれない...。
 人間の恋も、きっと橋渡りに似たところがあるのかもしれません。
 勇気やときには何も疑わずに信じることも、大切なのかもしれません。

 絆をつくるなら、なおさら


好きだから、

でも、なにもできない。

すきなのに、できない、、、。

ずっと、初めてみたあの日から

三年間、ずっと、何かあるたびにいつも思い出していた。

なぜなんだろう。好きだなんて、意識してなくて、ただ

尊敬していた。思いをよせていた。

やっと、会えた。

結婚して子供がいると、言われ

そんなこと、これぽっちも思わなかった。

あきらめたけど、がっかりしたけど、

あなたは、私の師匠。

あなたは、、、。

わたしは、何もできない。どんなにすきでも、なにも、、、。

なぜ、キスをしてきたの?
わたしは、あそびだと思っていた。


でも、わたしが、わからなかっただけ、なの?

それは、好きだってことなの?本当に思っているということなの?


あそびなら、そう言って。

ほんとうなら、、、。ずっと抱いていて。


いままで、本当の愛なんてしらなくてみんなすべて、他の女の子のところにいってしまって、

愛なんてかんじたことなんてなかった、ずっと。

信じられなくて。本当の愛がなにかわからなくて。


ほんとうに愛をくれようとしたひとも、本当の愛じゃないと決めつけてしまう自分。

なにもわからなくて、なにもみえない世界。

わたしは、なにもあなたの気持ちをわかっていなかったのかもしれない。

信じてもいいのかな?

もう一回、信じてみてもいいのかな?

もう一度。


ずっと、愛してる。あなたの子供の夢を見る。

あなたに顔がにていて、無邪気で、元気で、私の横にいる。

きっと、ずっと愛するだろう。

ごめんなさい。配慮のない言葉で気持ちを傷つけて。

ごめんなさい、愛のわからなくなった私を。

ごめんなさい。あなたのやさしさに何もしてあげれない。


わたしは、あなたが、すきだ。