説明室みたいな部屋に移動し、診察してくれた先生、少し若めの専攻医的な先生の二人から話をされた。

 

 

「内子宮口が少し開いている。」

 

というのはかかりつけのクリニックで聞いた通り。

 

 

それに加えて、詳しい話を聞く。

 

 

 

 

「少し開いている内子宮口の部分にゴミみたいな、黒い影がエコーで確認されています。

 

これは炎症を起こしたあと、みたいなやつです。

 

ただ、現時点で血液検査の結果を見ても、炎症反応がないので今は治まっている状態。

今となってはいつ炎症が起きていたのか、何が原因かは分からないです。」と。

 

 

続けて、今後の話をされる。

 

 

「子宮口を縛る手術もあるけど、この状態だと胎胞を押し込んでしなくちゃいけなかったり、刺激になったりもするので、おすすめはしません。

 

どうしてもやってほしい、と言うのであれば考えますが、現実的ではないかと。

 

現時点で20週。切迫流産の状態です。

今産まれてしまっては助けてあげられない。

22週からが早産。でもうちの病院では22、23週は積極的に蘇生はしていないのが現実です。24週からかな、と。

 

入院してもらって様子をみるか、どうしても入院が厳しいとのことであれば、入院せず外来管理で経過をみていくか、になります。」

 

 

 

「赤ちゃんの体重は週数相応の体重で問題なさそうです。」

 

 

 

そんな説明を受けた。

 

 

 

何か聞きたいことありますか?

 

 

と聞かれ、やっと事の重大さに直面した感覚になり、泣きながら聞いた。

 

 

「高齢だから、ですか? 仕事をしすぎていたからですか?」

 

 

と。これが精一杯だった…。

これを聞いたところで現状が変えられるわけではないが、それでもこうなってしまった理由を知りたかった。

 

 

先生の答えは

 

「いえ。そうだから、ということではありません。」

 

 

今までの経過を見てもらっている訳はないし、決定的な原因など分からないのか本当の部分。

 

とにかく、今後のことを考えるしかなかった。



「2人で話をさせてください。」と先生には一旦退出してもらい、夫婦で話すことに。



「どうしよう…。もっと何か大丈夫ってなる策とか治療があると思ってた…。入院した方がいい?」


旦那は

「入院してもらってたほうが安心はできる。何かあってからでは怖い…」そう言った。



家のことが気がかりだった。

当時5歳だった、長男のことも。



「こっちは何とかなるよ」と。


何とも頼もしい返事。



もう腹くくるしかない。



「こうなったら、産まれるまで戻れないかもね。」



その後は家庭内の事務的な話(保育園のこととか、持ってきて欲しい荷物とか)をして別れた。


私は病室へ案内される。





こんなことになるなんて。


ちょっと診てもらって、今日は安静、明日は仕事!のつもりだったのに…。



世界が一変した日だった…





内診台から下りて、着替えを済ませ、先生の前に。

 

 

エコーの写真を見せてくれながら、説明を受ける。

 

 

「この週数にしては子宮頸管が短い。10mm程度しかない。 内子宮口が少し開いている状態です。

 

今から、大きな病院に行ってもらって診てもらうことになります。おそらく、そのまま入院になるかと。」

 

 

そんな説明をされた。

 

 

先生も焦った感じではなく、淡々と…。(当たり前か)

 

 

なんか、自分事として信じられないというか、説明されたことを聞くだけで、大きく感情が動かなかったことを覚えてる。

 

 

そのあと、経腹エコーもして、赤ちゃんに異常がないかも確認。

 

それは心配なさそうで一安心。

 

 

 

救急ということで、このまま大学病院への救急車で搬送されることに。

 

 

その手配が出来るまで、別室で横になって待機。

 

そこで初めて、車で待機してくれていた旦那に電話。

 

 

 

「救急車で大学病院に搬送されることになった…」

 

「えぇ?!!」

 

 

 

そりゃびっくりですよね。

 

緊急で受診しているとは言え、搬送されるなんて思ってみない訳で……。

 

 

 

とりあえず、軽く事情を説明して、一緒に救急車に乗ってもらうことを話して、救急車を待つ。

 

 

救急隊、到着。

 

 

今は出血してないし痛みも何もない。

 

私的に歩いて救急車に乗れるのに、ストレッチャーが院内待合室へ入ってきて、そこへ乗る私。



待合室で待ってる他の人たちの目線が痛かった…



きっと、何事?と思われたでしょうね。




病院前、救急車のところで待ってた旦那と落ち合い、一緒に救急車へ乗り込む。


看護師さんも共に。



色々バイタルのモニターなど付けられ、サイレンを鳴らして出発。



救急車って揺れるよねー…。

(何度か乗ったことあるけど)



到着して、診察のためそのまま産科病棟の分娩室へ。



旦那とはしばしお別れ。



そこで内診して、エコーをして、と同じような診察を受ける。



コロナ禍だったので、コロナの検査、入院のための一通りの感染症検査も。



コロナの結果で出ないと病室に入れない、この分娩室からも出れないとのことで、NSTモニターをお腹に巻かれながら、待つことに。



やっと検査結果も出て、先生から説明を受けるために移動。



この説明で今の状態は楽観視できないこと、今自分の身に起こっていることはなかなかなこと、と思い知ることになった…





ここからは第二子、次男のお話。

 

 

 

 

20w1d 緊急搬送、安静入院になった。

 

 

 

肌寒い、雨の日だった。

 

月曜日。

朝起きて出勤前、パソコンを開けて仕事するのが常。

 

そのため、家族みんな寝ている中作業。

 

起きてまず、トイレ。

 

用を済ませ、ペーパーで拭くと、おりものに混じった血。ピンク。ほんの少し。

 

お?出血?

んーーー、受診どうしようかなぁ…。おととい、妊婦健診いったばっかりだし。

 

痛みも特に何もないけど…。

今日、旦那休みで家にいるから、送ってもらって念のため受診するか…

 

と、念のため行っとくか、くらいの気持ちで産院に電話、受診をお願いした。

 

(この受診がなければ、のちにどうなっていたんだろうか、というくらい。 今になって思うのは、旦那がいてくれたこのタイミングでの受診。 お腹の中の子からのサインだったかもしれません。)

 

 

職場にも連絡。

今日は安静にするため、お休み頂きます。明日は出勤しますと。

 

 

当時、5歳の長男。

 

パパが休みのため、保育園の送迎をお願いしていた。

 

玄関で

「今日は送り迎えはパパね。行ってらっしゃい。」と送り出した。 

 

そこから1か月も会えなくなるなって、誰も想像できませんよね。

 

 

 

保育園送りから帰ってきた旦那に車を出してもらって、産院受診。

 

コロナ禍、真っただ中。 産院にも入ることさえできずの時代。

一度帰るか悩んだけど、すぐに診てもらえて終わるかもしれないし、と駐車場で車内待機してもらってた。

 

 

健診予定外で受診、出血もあるとのことで、早めに通してもらえた。

 

 

とりあえず内診。

 

この日は院長先生ではなく、曜日担当医。

 

カーテンで仕切られた、向こうで無言でエコーをされ、「赤ちゃんは元気ですよ」とだけ言われた。

 

 

「説明しますので、着替えが済んだら診察室へ戻ってください。」と内診台が下りていくそばから、院長先生に連絡を取る先生。

 

「院長、ちょっと来てもらえますか? これ、搬送事案ですよね?」と電話している、先生の声が聞こえた。

 

(え? 搬送?何? おおごと…?)

 

 

とりあえず、急いで着替えを済ませないと…。と焦ったのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

3回の出産。

 

性別は3人とも男の子。

もし、今後妊娠したとしても、私のお腹からは男の子しか出てこないかもしれない…(笑)

 

 

俗に言う「一姫二太郎」ってのに憧れたりもしてて、最初は女の子も欲しかった。

 

でも一人目は男の子。

「女の子がよかったなー」とか思ってたけど、産まれてきたらそんなの微塵も感じない。

「小さな彼氏」と言われるくらい、可愛くて可愛くてたまらない目がハート

 

二人目も男の子。

「男の子兄弟かーー」と。多少の残念感もありつつも、おもちゃも何もかもおさがり出来るし、男の子ふたりが大きくなるって頼もしいな、と思ったりも。

 

女の子が欲しい…と思った、一人目、二人目。

 

 

お空へ帰ったあと、やってきてくれた3人目。

 

この時は男の子であって欲しいと願った。

 

 

誰も科学的に証明できない、信じるかどうかの世界になる、スピリチュアル的な話になるけど…

(スピリチュアルな話、嫌いじゃない。 旦那は科学的根拠がないことが信じれないタイプらしいけど)

 

男の子だったら、「次男の生まれ変わりかもしれない、そうだったらいいな」と思っていたから。

 

男の子って分かって嬉しかった。

「もう一度会いにきてくれたのかな」って思えた。

 

 

そういうの信じるか信じないかは、本当人それぞれで、強要するものでもないし否定されるものでもないと思ってて。

 

 

次男を亡くしたとき、いろいろと妄想に近いレベルでいろんなことも考えた。

どうして、お空へ帰らないといけなかったのか…

私たちに何を教えてくれようとしていたのか…

 

胎内記憶、というものもネットでたくさん見た。

 

結局、スピリチュアル的な思考になってしまうけど、それはそれでありだと思ってて。

そうすることで心を保てていた気がするから。

残された者が拠り所にする、それもありだと。

 

 

 

それにしても。

 

次男がお空に帰らなかったら、きっと三男には出会えてなかった。(と思う)

(長男は「そんなん、分からないやん。3人だったかもしれないよ?」と健気に言ってた。うん、確かに。次男が生きていても三男が産まれてきてくれたかもしれない。)

 

 

 

産まれた三男を抱っこしながら、ものすごく不思議な感情になったことを覚えてる。

 

「あの子がいたら、この子はきっといない。 この子に会えてものすごく嬉しい、でもあの子もそばにいてほしかった」

 

 

お空で元気にしてるかなぁ……。

 

 

 

ここ、数年で身の上に起こった大きなこと。

それは妊娠、出産。

 

 

というと、私に限って珍しい話ではなく、多くの人が経験して通っている出来事だろうと思う。

 

ライフイベントってやつにあたるのかな。

 

働き方が変わったり、時間の使い方が変わったり…と今までと同じような生活リズムでなくなることが多い、妊娠、出産。

私もその一人。

 

 

前回に書いたように、子どもは2人。

でもブログタイトルの下に書いた、出産回数は3回。

 

 

 

そう、一人はこの世にはいない。お空へ帰っていった子がいます。

 

 

 

 

 

 

****

 

出産前はフルタイム。

朝から遅くまで働き、土日も職場にいくことが多かった。

持ち帰って仕事をしている時も。

 

第一子を出産し、産休育休取得。

この期間に次の子を産んで、続けて休んでしまおう、とそう考え、取れる期間MAXまで休んでいた。

「赤ちゃんは授かりもの」とよく言ったもので、なかなか出来ず、このままでは育休期間が終わってしまうため、一度復帰。

 

もちろん子どもは幼いので、出産前のバリバリ最前線での働き方はできず。

だけど、そこまで仕事量も減っていないので、持ち帰りor土日に家で仕事…という毎日に。

 

毎日毎日大変、これにもう一人子どもが増えるとかもっと大変!!、とかも思いつつも「一人っ子はなぁ…」とあきらめきれず。

 

そんなこんなで頑張っていたら、やってきてくれた二人目。

 

出来たときは「これからいろいろ大変になるなーー」と思いつつも嬉しくてたまらなかった。

ごくごく当たり前に産まれてきて、また新しい生活が始まる。

上の子はお兄ちゃんになるんだなぁ、なんて思って思っていた。

 

それが想像していた未来とは全く違うものになるなんて、思いもしなかったなぁ…。

 

 

 

第二子は予定日よりずいぶん早く産まれ、超低体重出生児。 (出生体重が1,000g未満の新生児)

3週間、生後21日で短い生涯を閉じ、お空へ帰ることになりました。

これほどの悲しみがあるのか、と本当に毎日しんどかった。

上の子がいるし、お世話をしなくちゃいけない。

世界が何事もなかったかのように、毎日が同じように時間が流れていく。 

おなかも空くし、ちゃんと眠くもなる。(今思えば、とっても健康的な体の反応)

 

そんな、なんとも言えない感情が渦巻いていて、「なぜこんなことが起こったのか答えを知りたい」と、いくら考えても分からない、誰に聞いても答えられない問の答えを探し続けていた気がする。

(もちろん、今でも答えはわからないし、何をもって着地点にすればいいのか、もわかっていません。)

 

だけど物事には理由があるはず、そんな思いは今もあるので、私の人生においてきっと何かしらの理由があるんだろうなーと思う。

 

 

数か月のお休みを経て、仕事復帰。

 

またここから、仕事、育児に忙しい日々。

 

 

 

でも頭の片隅から離れない、上の子にきょうだいを作ってあげたい気持ち。

だけど、「また同じことが起こるのでは?」という恐怖。

次の子を望むということは、お空に帰ったあの子の存在を忘れてしまったことにならない? という葛藤…

 

いろんな思いがあったけど、年齢的にものんびりしてられない。

 

 

起こったことは受け止めるしかない、やはりもう一人ほしい。

 

夫婦での意思確認のもと、次の子の妊娠へ向けて動き出しました。

 

 

 

2年後。無事に第三子を出産。 

いわゆる “レインボーベビー” というやつです。

 

この第三子妊娠中も本当にいろんなことがあり、諦めないといけないかも、という事態にもなりかけた。

だけど、元気に産まれてきてくれた。

 

現在、この第三子の育休中の生活です。

 

 

 

妊娠、出産は奇跡の連続。

 

 

 

 

本当にその通りだと思う。

私もいのちを受け、この世に生きていることも。

 

私のもとにやってきてくれた3人の子どもたちも。

私をお母さんに選んでくれてありがとう。うまれてきてくれてありがとう。