令和2年2月22日
義父さんが永眠しました。
息を引き取る一週間前に、病院からご家族の方は側についていてください…というお知らせを受け、みんなでベットの周りに集まった。
その時はまだ大部屋だったので、
看護婦さんがご家族の皆さまでゆっくり過ごすことができるよう
個室に移動しますか?というご提案をしていただいき個室に移動
今晩あたりが危ない…と言われていたけど、個室に移動し、
みんながいてくれて
お義父さんも安心されたのか
数値も安定し
その日から主人が
一週間仕事の休をもらい、
病室に泊まり込んだ。
一週間の間、
危険な数値になることが
2、3回あり、
そのたびに家族がみんな
急いで集まった。
個室に移り7日目
安定していたので
主人は朝に一旦家に帰ってきた。
夕方また病院から連絡が来たので私は次女と連絡をとり仕事先から
病院に向かった。
主人は朝に安定したのを確認したし
まだ大丈夫だと言い張って
病院に向かわなかった…
私達が病院に到着して
再び電話しても
主人は動こうとしなかった。
病室に行くと義弟と義母さんが先に来ていたけど、夜になると義母を連れて弟は帰宅してしまった…
それから1時間もしないうちに
危篤状態になり…
主人と弟に連絡したが、みんな到着する前にお義父さんは息を引き取ってしまった…
なんで
主人は朝帰ってしまったのか
夕方病院からの知らせも聞いていたし
私からもラインも電話も入れたのにすぐに動こうとしなかったのか
なんで
義母と義弟はあと少し残っていなかったのか
車で15分のところに住んでいるので間に合うと思っていたのに
なぜ間に合わなかったのか…
私の長女もこの一週間
何回もおじいちゃんもに会いにいっていたのに
その日も私と一緒に仕事もしていたのに、
なぜか夕方、今日はママと妹が病院いくなら私は病院に行かないで帰るわ、と真っ直ぐに帰宅してしまった…
みんなあんなに気にかけて過ごしていたのに最後の時に間に合わなかった…
次女と二人で、まだ温かいお父さんの手を擦りながら…
もう少しでみんな来るから
頑張って!と声をかけ続けたが
戻ることなく
そのまま逝ってしまったのが
残念でならなかった…
その時は、お義父さんが最後の時を
なぜ皆でいるときではなく
私と次女の二人だけの時を選んだのかわからなかった…
令和2年2月22日
2222エンジェルのメッセージは
『あなたがこれから何を経験しようとも、良いことも悪いことも全てバランスが取れています。
人生にはアップダウンがあります。
人生は残酷で、不公平に思えることもありますが、素晴らしく、優しいものでもあるのです。
例えば、生と死について人生のバランスについて考えて見ましょう。
子供の誕生は素晴らしいもののように思われ、年老いた者の死は残酷なように思えます。
しかし、誰かが死に、誰かが生まれてくる必要があります。
それが人生であり、バランスなのです。』
というものであった。
お義父さん、素敵なメッセージを残してくれてありがとう。
次の日の夜から
ふとした時に、病室の香りがふわっと漂うことがあり
その時お義父さんが私のそばにいるように感じています…
そして、はっきりと声が聞こえるわけではないけれどその時感じたことを行動しています。
体から離れる時に
私と次女の二人だったことは
人間が意識なのだということを
理解していたのが
私達二人だったからなのかも知れないねと…次女と話しました。
お義父さんは、永遠に
いなくなったわけではなく
体をお返ししただけ…
今はとても自由になり純粋な
意識として永遠に存在しています。
いなくなるわけではない
そっかだから
死…という認識を
してしまうかも知れない家族の前で
息を引き取る姿をみせなかったんですね…お義父さん。
愛と感謝を込めて… 美和