昨日(3月23日土曜日)、新国立劇場でワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を鑑賞。6日間公演の4日目を狙ってみた。さまざまな不備の修正も十分になされて、出演者の疲れも出ていないだろうという読みだ。

45分の休憩が2回あるとはいえ、正味4時間の長丁場だ。それなりに体調管理して予習(youtubeの1993年9月ベルリン・ドイツ・オペラの来日公演)も十分で臨んだ。開始2時間前にはエスタロンモカ2錠を服用。1回目の休憩は近くのドトールでコーヒーを飲み、2回目の休憩はオペラシティ内の丸亀製麺で釜揚げうどんをすすった。ちょっとした遠足である。

主役のスター歌手2人がキャンセルということで中堅歌手の登場になった。トリスタンもイゾルデもほぼ4時間出ずっぱりで歌える歌手はそう多くないはずだ。

代役の2人は及第点だろう。とくにトリスタンのゾルターン・ニャリのナイーヴな風貌と歌唱には惹かれた。母はトリスタンを出産直後に死亡。父もその後すぐに死んだトリスタンが勇敢なのに優柔不断で臆病という性向を納得させるのだ。

イゾルデのキンチャは凄いパワーのある歌唱で叫ぶような場面もあり、奔放、我の強さが前面に出ていて、もう少し優しさやデリカシーが欲しかった。トリスタンが前述の通り内向的なので、この2人は死んでもいいというぐらい熱烈に愛し合っているとは思えなかったのが難点。

イゾルデの侍女ブランゲーネは藤村実穂子。第2幕の見張りの場面でオーケストラをバックに「御用心下さいませ」と歌う場面が3分に満たないのだがオーケストラと溶け合って素晴らしい歌唱。4時間の舞台で最も感動的だった。まさに天上的な美しさだった。その他でもベテランらしい巧さを見せていた。ただ、藤村実穂子は日本人としては腕が長くて、それを大きく開いて歌う大味なシーンがかなりあった。

他の脇役はなかなかの高水準だった。中でもマルケ王(ヴィルヘルム・シュヴィングハマー)とクルヴェナール(エギルス・シリンス)が好演。マルケ王役はそもそも得な役だが、シリンスの第3幕での自然な歌唱と演技は特筆された。

オーケストラは、レジデンスオーケストラの東京フィル(この新国立劇場での2010年の初演を担当)でも東京交響楽団でもなく、都響。新国立劇場オペラ部門芸術監督の大野和士が都響の音楽監督でもあることからの特別の措置のようだ。やはり巧い。

4時間を弛緩なく支えた主役はこのオーケストラだろう。マーラーの80分の交響曲を45分の休憩2回で3つ演奏するのに匹敵するわけだが、とくに第3幕が素晴らしかった。凄いスタミナと集中力だ。

問題はマルケ王配下の上半身裸の騎士たち(助演)だ。日本の武士に見えるが、違和感が拭えない。普通にメロートと同じような軍服でいいと思うがどういう意図なのだろう。

とにかく4時間集中してワーグナーの世界に浸れた心地よい疲れが襲ってくる。なおプログラム(1200円)内の一條麻美子・東大准教授による「中世のトリスタン物語」は、中世の伝説からのワーグナーの取捨選択が分かって教えられることが実に多かった。

休憩が45分もあると、オペラ雀たちの、マルケ王とトリスタンのホモセクシュアルな関係とか、ブランゲーネはイゾルデのオマケとしてマルケ王に贈られた側室とかいう珍説が聞けて楽しかった。

新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」の4時間を弛緩なく支えた主役は都響