一年を概観してみる その2
どうも。今日は大学に足を運び、退学に関する手続きを終えてきました。なんというか…。受験の時はあれだけたくさんの計算用紙を書き上げて勉強してきたのに、大学を出る時はたった一枚の紙きれで事が運んでしまう自分で選んだ道とはいえ、無常なものだなと思ってしまいますね…(´・ω・`)さて、前回は新生活がスタートしたところまででした。(です・ます調だと書きにくいのでここからは日記みたいな感じで書きます)5月ここで、迷いが生じ始める。頭の中を常に巡っていたのは、‟なぜ浪人しなかったのか?”という後悔の念。現役時代、第一志望に合格できなかった僕は、決して浪人を許されなかったわけではなかった。親も、はじめは浪人に反対していたが、最終的には理解を示してくれた。だからこそ、受験に背を向けてしまった自分が情けなくて不甲斐ない。自分自身で逃げの選択肢を作り出してしまったことに対して、ひどく後悔した。新歓のお祭りムードが終わって、生活もマンネリ化してきた頃だったので、はじめはただの5月病だと思った。友達と話したり、大学の授業に集中したりしていると、気が紛れた。しかし、徐々にその行為ですら一時的な麻酔でしかないことに気づく。時間が経てば、もとのように後悔が押し寄せてくる。夜は平気なのに、次の朝起きるとやはり受験のことを考えている。この時期の寝起きは最悪だった。自分が「学歴コンプレックス」というものに陥ってしまっているという事実に絶望する。その言葉自体は知っていても、ずっと他人事だと思っていた。6月この頃は、夜な夜なネットにすがりついていた気がする。とにかく、自分がした選択というものを無理矢理にでも正当化したかった。自分が今いる大学を高評価するサイトを見つけては高揚し、逆に大学を揶揄されると落ち込む。そして知恵袋を散見して、偏差値の高い他大学のあら探しばかりする。まさにコンプレックスの塊(人間、追いつめられるとネットに救いを求めてしまうもんなんですねww)。ネットを散策していく中で、仮面浪人について語られた記事を見つける。休学するか、両立するか…それは定まってはいなかったが、漠然と仮面浪人という選択肢を視野に入れ始めた。そして、はじめて親に相談。当然、すんなりと承諾してもらえる訳がなかった。その後、何度も何度も相談、説教、謝罪、冷戦を重ねたのち…仮面浪人がスタートする。(親には本当に感謝してもしきれないです。この頃、たくさん迷惑をかけました。)7月ふらふらと始まった両立生活。まずは数Ⅲと化学を洗いざらいやり直すことにした。しかし…大学の試験が始まるとともに、頓挫。受験に対する意志はこんなものだったのかと。もう、このまま大学に残ってもいいんじゃないかと。夏休みを謳歌してやろうと、そういう甘えが出てきた。あれだけ親を説得したのに、仮面は続かなかった。その事実にはもちろんがっかりしたけど、それよりも自分の中で気持ちの整理がついてきたことに満足した。受験勉強に少し着手すると、なぜかはわからないが後悔が和らいだ気がした。あ、これで心残りは晴れたんだなと、そう認識して、仮面浪人から身を引いた。親にもその事を伝える。僕はこの期間を「第一次仮面浪人期」と呼ぶことにします…。そうです、第一次があるということは第二次もあるんです…_(:3 」∠ )_自分のことについて書くとなかなか長くなるもんなんですね早く本題に入れってかんじですね、すんません_(:3 」∠ )_