2009年始まりましたねベル
今年は良い年になる事を祈るばかりです。
皆様へ。
今年も健康で良い年になりますように。
今年もよろしくお願いします。

メリークリスマス!
クリスマスになると鮮明に思い出すことがある。
10年前留学先のイギリスで初めてのクリスマスを迎えた。ホームシックも全くなかったけど、当時言葉の壁で少し戸惑っていた日々。
でも、クリスマスだし私もお世話になっている家族に何かしたいと思い庭先にある花で一生懸命お花のアレンジを作った覚えがあった。
その夜、そのクタッとしてしまった花をママに渡すとものすごい勢いでハグをされた。
そして彼女は涙を流し、私の事が心配で仕方がない!とこれまたすごい勢いで話しかけられた。
その日以来、家族との関わり方が変わった。
他人であろうと、血がつながってなくても、いかにお互いの心をぶつけ合えるかどうか。が大切で、一緒に過ごす時が大切なんだって思えた。
実の親以外でこんなに心配してくれる人がいるんだって。きっと無償の愛なんだ。

でもね、今の私はきちんと誰かと向き合って本気の付き合いをしているのかな?って自問自答。
そんな時に浮かぶのはこの詩。

「最後だとわかっていたなら」

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


同時多発テロの追悼式の際に読まれたもの。

1日1日大切に生きて、自分にとって大切な人にいかに愛を伝えられるのか。
人って、最終的に残るものって多分かけがえのない「愛」だと思う。
お金では買えないものだと思う。。。

今日はクリスマス。
大切な人にそっと愛を伝えてもいい日じゃないでしょうか?

♪君と好きな人が百年続きますように

「人の出方を考えるとどうしても行動できなくなることもある。けど自分がしたいようにした方が人生楽しくなるんじゃない?」とある人に不意に言われた。
その言葉が不思議なことに体にグングン吸収されて、頭では理解はしているのに納得できないと言うことがある私にはすごくすごくラッキーな瞬間で大切な言葉だった。