忘れたくないもの
俺は昨日八十八才になった。まだ死ねそうもない。
しかし、妻の方は、たぶんもうダメだ。その妻がしきりに
キュートの話ばかり聞きたがる。キュートというのは、たぶん
俺のつくった想像の産物なのだ。なのに俺は、何かを見る度に、
キュートに見せたかったと思うのだ。
初めての出張で見た、月からの地球。
新婚旅行で聞いた氷河の溶ける音。
子供達を連れて行った、樹齢千年の木漏れ日。
余命少ない妻は、十八才の俺に会いたがった。
その願いを叶えるために、タイムトラベル用のロボットを発注した。
顔は妻の昔のデータをもとにした。出来上がりを見せられた時、
俺は驚いた。まさにキュートだった。
しかも型番まで同じの。俺の青春の真ん中に、確かに
このキュートがいた と確信した。
もうすぐ妻とはお別れだ。でも、俺がいると思っている限り、
妻の笑顔もまた、この世からなくならない。
いるかどうかわからなかったキュートが、70年も思い続けて本当に
いたように。
今は、隣で妻がお茶を飲みながら言っている。
「愛も、勇気も、平和も。この地球上にあると思えば、きっと
あるのよ」と。
十八才の俺に言いたい。キュートを愛したように、世界を愛せよ。
今は見えなくても、自分を信じろ。いつか目の前に、
お前が信じたものが、カタチをもって現れる、その日まで。
キュートを愛したように、世界を愛せよ。
「Q10」のすべてが詰まったこのひとこと・・・
ここにすべてが集約されているような。。。
おまけ
お前には不意に明日が見える
明後日が・・・・・
十年先が
脱ぎ捨てられたシャツの形で
食べ残されたパンの形で
お前のささやかな家はまだ建たない
お前の妻の手は荒れたままだ
お前の娘の学資は乏しいまま
小さな夢は小さな夢のままで
お前のなかに
そのままの形で
醜くぶら下がっている
色あせながら
半ばくずれかけながら・・・・・
(黒田三郎・「ただ過ぎ去るために」より)