夫婦池公園の桜の下のベンチ
スマホで撮った横長のまま。
老鶯のしばし黙して次を待つ
老鶯の近くで聞こゆ神の杜
老鶯の下に止まりて木を見あぐ
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今日は5月とは信じられないくらいの寒さ。
散歩はお休みしました。
いつも桜の木の下で休憩する話を書いているので、
数日前撮ってきました。
スマホの中のカメラの大きさを設定してあったはずでしたが、
いつの間にやら横長に戻っています。
(-_-;)
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今朝の新聞で、
子供二人とお父さんが公園に居たら警察官に
職務質問されたそうで、「自粛中にあそんでいる」
という通報があったそうです。
その通報に、びっくり。
そもそも公園は
何のためにあるのか?近代史を調べたことが載っていました。
防疫のために作ったそうです。
伝染病に苦しんだ
欧州で唱えられた説が、
維新後日本にもたらされたそうです。
「公園は腐を転じて鮮となす」「精神の洗濯場、空気の転換場であれ」」と
文豪が著書で熱く訴えたそうです。
「そもそも公園はゆとりの場、
誰もがふらりと立ち寄って、ぼーっと過ごすことのできる空間であってほしい」と、
立教大の先生も言ってらしゃいます。
行く先として
公園しか浮かばない自粛の日々です。
150年前に「都市の肺」として生まれた場所で、
深呼吸も自由にできないのは
皮肉な話です。




