霊視鑑定、電話占いの現場を書いてます。  -9ページ目

  霊視鑑定、電話占いの現場を書いてます。 

電話占い、霊視鑑定の依頼をしなくてもがんばれそうな内容、精神面の強化につながりそうな事を主に書いてます。
不思議な話、幽霊の話、霊視鑑定師としての日々、葛藤など占い師として率直に思う事も書きます。

誰か、呼びました?

私、頭おかしな占い師、の日々というのは、
相談しようかな、

と思う次なるお客からのまだ見えぬメッセージから始まる。

占い師病なのか、私一人だけの重篤な病かそれは知りませんが、

大抵、相談が来る数時間前に、
その人が聞いてきそうな内容について突然考えたり、
その人が知らない背景の問題に自分が入り込んだり、

するのは、日常茶飯事。
なので、これが役に立つこともありますが。
(実際に利用できるのは3割ないかも。)

うーん、誰かがこれを知りたいのね、
って思ったから勝手に書きます。

『世界を変える』
についてです。

えーっと、自分の人生を変えたい、もしくは変える時、だと思うのなら、

自分の世界が変わるようにすることです。
今までの構造の中で、

もっとこうなりたい。

と思いながらも、抜け出せない日々、にいるのなら、

自分の世界を変えることも一つの出口です。

あほかぁ、そんな金どこにあるんじゃ!
となりそうですが、


今の環境で解決できない問題は、違う環境に置き換える必要があり、
それが自己の普段の思考を変えることで解決できるものはその範囲で。

そうでないものは、旅立つしかないのです。

だから、それが金かかるんじゃ!!
そ、そうですよね。

一番わかりやすいのが、私の違うところで見て来た仕事、
その人は、物理的に、労働環境を海外に置き換え、
あれこれ、試行錯誤して、今度は日本に戻る時に、
すごいレベルアップしたポジションの人になりました。

海外に出る直前からお客になって、
その結果が出るのに、
恋愛相談から、日々の労働環境から、発想の転換まで、
いろんな相談を定期的に時間を限って行いましたが、

1年半弱、だったような。

す、すごいなこの人、って何度も驚きましたが。

だから、そういうことは普通の人には出来ない、
金かかるやろ!

そうそう、


私が言いたいのは、この人の場合は物理的距離をつけることで、
今までの人間に頼りようも頼られようもない、

霊視鑑定の気味悪いワードを使うと、

念が切れる。
状態を作った成長。

でも、これは自宅でもできます。

自分しか自分の世界を変えれるひとがいない!!
そういう状況を作り出せばいいのです。

父さんに聞いても母さんに聞いても友人に聞いても、誰か紹介してもらっても、

いや、分からんな。
となれば、

そして、金が無ければ、

うーん、ピンチ。
これ、どないする???

と環境的に一人になる。
この瞬間をどれくらい綺麗に作り出せるか、

だと思います。

綺麗に、
ここがポイント。

うーん、ピンチ。
これが普段の自分の行動とは違う自分の強さを作り出す、

自分の世界を変えるとき。
ですわ。

私が手伝えるのは、その綺麗に変化する要素、
心のむちゃくちゃ、依存のむちゃくちゃ、今までのくやしさのドロドロを修正したり、

そら、霊視鑑定です。
注目するべきゆーれいがいれば、そこを見ます。

そんな感じか?


グロ。
霊感、
哀れ。

ホント、どうして、こんな可哀そうな名称なんだろう。
そして、行きつく先は、嘘つきと詐欺師扱い。

しかし、補う別の言い訳めいた名称が無いから、これでいいけど。

ちょっと考え事をしていたので、勝手に思い思いに書く。
(そうそう、こういうのを、仕事の何かとごっちゃにして書くから訳が分からなくなる。)

見る、聞く、話す、嗅ぐ、触る、というそもそも普段かなり使用している部分から得られる情報から、
頭の中で認識したり、判断する、それが誰に話しても、誰でも普通に納得する、

普通の世界。

一方、人の感情、その人の構造、その人に必要な何か、を拾い集めてベラベラ話す、
違うタイプの人なら、異常なくらいの知らない空間を読む。
普通の器官を使用して得たものとは思えない話をして、その出所を怪しまれる、

異常な世界。
はははははは。

…、しょぼーん。

暇だったので、そこについて、色々作文を書いては捨てて、書いては、放置。

ヒトは自分が意識できる情報以上の情報の中に漂っている。
そして、その体は、しっかりと、本人が認識する以上の情報を知っている。
それにより、人の体調はコロコロ変わる。

このおかしな世界(住人は私。)にいる人達というのは、そのあたりの、
何かを利用して、

見たこともない第三者の性格を、ノーヒントで
口真似をする。私の場合性格の口真似。

これ、生まれつき、という人もいれば、私のように、後から出てきた、という人もいる。

ある感覚、
例えば、絵をかく感覚もそうだと思うけど、
何度も何度も練習すれば、うまくなる。

見る視点、
これも、必要に応じて、絞るポイントに集中することで、
あるところだけ異様に分かり、あるところは鈍いまま。

それと同じだと思う。
マジカルアイ、とかいう本と同じことだと思っている。

鍛えればそこは偏り、特化して、
その代わりに失うのは、他の意識。

私が失ったものは何だろう。
と考えたら、

そうそう、人を見る、実際に見なくても、その人の知らない部分を見る、
でも、聞かれるからそうするだけでなく、

あー、この人、こんな話しているのに、
実は、心は別のところにあるのか、
とか、

げ、この人、普段の生活が普通の人よりビビりすぎ。
緊張しすぎて、こっちがおかしくなりそう。

ということを話す前に知るのである。

こういう仕事をするうちに、人から得られる情報、
ようするに認識できる割合が増えたり偏ったり、

そうするとですね。

一種の人嫌いになるのです。
人づきあいが面倒になるのです。

普段は人がびっくりするぐらい何にも意識を置かないようにしている。
何も考えないし、何も見ないし、何も聞かないし、用件だけ。

しかーし、そうも言っていられない。
気が付けば、ベラベラと人生相談されているときもある。

最近、そういう時は、2分ぐらいでまとまる話を一気に話して逃げる。
逃げた!って思いっきり分かるように逃げる。

しかし、そこまでしても、降りかかり、知りたくないのに、
知ってしまうものもある。

面倒なのである。
というわけで失ったものは、
知らない楽さ。
かもしれない。

トシとって、仕事辞めたら、元に戻るでしょうけど。

というぐらい、あるところに意識が集中しすぎた生活を送って数年。

でも、それでも、知らない領域なんていっぱいある。
知らないうちに、巻き込まれ、ずっしり、体は重くなり、
ブツブツと悲観的な将来を嘆く。

数時間か、数日か、数か月か、
ある時に、は、っと気が付いて、また逃げる。

そこで、気が付くこともある。
ということは、そこが無意識。

見た目が異常でも会話が異常でも何でもない。
何でもないその相手が更に後ろで影響されているもの、

それが突き刺さる。

でも、これ、霊とは何の関係もない、といえばないと思う。
そうではなくて、情報の質、そこにおける認識のズレ、

常識があって社会性に富んだ忙しい人が、
自分の無意識の幅を狭めて意識下に置いたら、

おそらく時間が崩れて気が狂う、と思う。

常識的な発想からすれば、どう考えても普通でない異常。
まして、霊感、などという名前になっている、

無意識を見る世界。
おかしい。おかしいけど、

おかしい。








人は感情で動く。
感情で物事を決定してしまうことも多い。

というのも、

状況的に妥当でも、
自分の心がyesとならないものに対しては、
人は不満が募るか、環境が保てなくなる。

自分という人はどういう人なのか。
その声を聞くことを諦めないで欲しいです。

その心、にふさわしい場所が一番の居場所で、

憧れても、頑張っても、
自分に合わなければ、
維持が難しい。

どう努力すれば、良くなるもんだろうか。

自分の心に合わないところで苦しむ人もいれば、
自分の心に嘘をつくことで動けなくしている人もいる。

いずれにしても、
必要なのは、

自分がその力を発揮しても、
その環境の維持のために無理しても、
生きがいを感じられる、

そんなところではないでしょうか。

その為に、

自分を鍛える必要がある人もいるし、
自分の心の内を結びつける作業が必要な人もいる。

どちらにとっても大事な作業で、
どちらも、

次の自分を作り出す作業だったりする。

がんばれ、戦う人達。


毎日あるわけではないのですが、

もう、これ、終わりでしょ?
と終わりを求めて相談に来る人がいる。

欲しい、の苦しさも相当だが、
終わりが欲しい、という苦しさも、

物凄い。
物凄い辛いものである。

終わった、先がない、もう考えようがない。
本当は望む先があるのだけれど、

望む先はどうもないらしい。
少なくともどう頑張っても自分の望む形にはならないらしい。

大事件でも起こって、誰でもわかる強制終了であれば、
驚きはすごいものの、終わる。

中途半端な状況が一番、
理不尽だとわかっていても、
終わりにできない。

少なくとも、今の自分の力では、終わりにできない。

そういう相談も多い。
終わりであるか終わりでないか、
より一時、

一時の為に、

他の意見を取り入れる勇気があれば、
相談は有意義である。

取り入れることが出来なくて暴れてしまっても、
後々、役に立つ。

それほど、苦しい、
終わりを見出す恋。


今日、お客さんから面白いことを聞いた。

この人を諦めるとき、その時になったら、相談しよう。
とその人は私のブログを読んでずっと前から決めていたそう。

…、この人と結ばれたいから依頼しよう。
では決してない。

おほほほほほ。
人の恋を叩き壊す別れさせ屋。
そして、客足は更に遠のく。

ものすごい努力という感情でがんばっても、
いつか、自分の中でその気持ちを維持させることが無理という時が来る。

人間って、良くできている。

維持させることが無理というのは、
逆に言うと、もう私、助かりたい、ということ。

とはいえ、昨夜は、恋愛スタート相談。
相手をとどめておくポイントをベラベラ話す。

人によってポイントは違うが、
この人の場合はこの人が抱える現状、
これを絶対に捨ててはあかん、
捨てなければ相手を寄せれる。
そういう話だった。

この人は苦難を乗り越え、その相談が終わった瞬間から、
新しい恋が始まった。

占い師として一言言うと、

当たり前といえば当たり前、
恋愛相談というのは、正直、始まった時がもう遅い。
修復不可能の状態で入るものが多い。
ほとんどそれに近い。

当たり前なので書いておくと、

誰が考えても、誰が見ようと自分で考えようと、
そのうちのかなりの割合が、
本人でも最初から分かっている、
状況的にキツい恋愛。

なんとかなるうちは自分でどうにか維持して、
あかん、もうどうにもならん、となってから依頼になる。

そらそうや、分の悪い状況を無理に進めている人は、
人の意見なんぞ聞き入れない。

わかっているけど、進むことにした、
その人は、そこにしがみつくだけで必死である。

更に当たり前なので書いてみると、

自分を守って維持しても崩れない恋愛は大丈夫。
自分がドンドン崩れる関係は当然崩れる。

自分が壊れる恋愛関係において、
勝者になる組み合わせというのは、

全体から言って、そら、もう、わずか。
相手に感謝されるまで頑張る人もいるけど、
自分の命にも限界がある。

自分だってわかってんねん、そんな事。
言われなくてもわかってんねん。

そうそう。
他人に金払ってやめろ、と言われるぐらいなら、

こそっと、影で、

あたしが守りたいのは自分じゃ!!


そう願えばいい。
そうすれば運は息を吹き返す。






すんまへん。
いつものブログが良かった人からすると、
調子くるいそうですが、

以前より、多少、お役に立てるよう、努めます。

以前、色んなきっかけから環境を大変身させ、
凄い成長をしていった人たちがいた。

転機という時にご相談いただけるのは、占い師だから、
普通の事ではありますが、

凄い成長をする前の人たち、
そういう人達の共通の特徴、

について書いてみる。

今まで人に縛られて、ドロドロに動けなくなって、
何を望もうと、どうしても無理だろうと諦めるしかない日々、

ふと、現在置かれているストレスから離れて、
思考と環境を変えるタイミングが来たとき、

突然降って湧いてくるいつもと異なる発想、思い、
これらに出会って、

相談になって、

こちらも想像できない(それでは仕事にならんやろ。)
変身を遂げる。

ものすごい縛りから綺麗に解放されるとき、
人は変わる時なのかも。



相談を持ち込まれることで発生する私の仕事。
それが無ければ仕事すらない。

相談とは言え、

内容は、

本当にこりゃ相談だ、
と思える、解決策を探るものがある一方、

願望をどうにかしたい、という、
自分の思いを世で貫き通す方法を探るものもある。

相談からにじみ出るのはその人の他人とは決して同一ではない、
個性。

恋愛だろうが、社会だろうが、

個性の活かしどころはどこか、
ということで悩んでいたんだ、

とわかると答えは出るかもしれません。

問題が酷いから、ではむしろないかもしれません。

そこで大事なのは、自分という個性、
この性質を自分なりによく理解しながら、

今、混乱しているという事は、
自分の個性を自分で理解できていないところがあるかもしれない、

そう思うことで、
ポロっと答え出るかもです。


すみませんね。
前から全部をカテゴリー分けしたいとか、

分かりやすくするにはどうするのだ、
など、

年月が経ち、気がつけば、
話の結びつけはお客の方ができて、

私の方ではすっかり記憶の外。
ぐらいでずっと放置でした。

分かるまで変えられない、
いや、全部を整理するなんて到底無理、

などなど、どうにもこうにも放置、でしたが、

なので、取りあえず、記事の全部を下げ、
先にまとまりを付けてから、過去のもので引き当てられそうなものは
時間があればやってみる、という事にしました。

何を知りたいか、という視点で答えられそうなものは書き、
とにかく、個人的な視点から書くことで、

肯定、から次を見つける、
否定、から他を考える、
参考、

というもうちょっと意味のあるものにしてみたい、
と考えたら、今までのドロドロブログではどうにもこうにも。

でも、そう考えたら書き方を変えるしかないな、
ということにしてみます。