2018/07/05(木)  東京ドーム
B6-4G
勝  今永
負  山口俊
S  山﨑


連日の打撃戦。
得点しては追い上げられる苦しい展開。だが一度もリードを許すことなく逃げ切り、ビジターでのカード勝ち越しを決めた。

そこには、この日久々先発マスクの彼の攻守にわたる活躍があった。


常勝チームに名捕手あり。

ベイスターズ2000年代の低迷の原因。
それは、2001年オフの谷繁元信のFA退団に端を発する。

1989年。
横浜大洋ホエールズ時代に10代でデビュー。
遠藤一彦、斉藤明雄ら球団のレジェンド。
野村弘樹、斎藤隆、三浦大輔ら、1998年黄金の先発陣。
そして、ハマの大魔神 佐々木主浩。

錚々たる面々とバッテリーを組んできた生ける財産を、球団は放出してしまう。

以来、正捕手の育成に苦しみ抜いてきた。

ドラゴンズに移籍後、常に優勝を争うチームにあって、古巣の低迷に谷繁は何を思ったか。


潮目が変わるのは、2011年オフ。
球団売却騒動の中、ドラフト2位で九州国際大学付属高校の髙城俊人が入団。

髙城は球団の枠を越えて、偉大な高卒キャッチャーの大先輩 谷繁に教えを乞うた。


2013年には、ドラフト3位で亜細亜大学の嶺井博希が入団。開幕一軍を勝ち取り、翌2015年には一軍に定着。


そうした中、2人より年長の彼は入団してきた。


1990年4月11日生まれ。
鹿児島県肝属郡出身の28歳。

鹿屋中央高校から駒澤大学、NTT西日本を経て、2015年ドラフト4位で入団。

センターラインの強化を目指した新指揮官の目に留まり、ルーキーながら開幕スタメンマスクを勝ち取る。

正捕手として2年間活躍し、チームは19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした。

2018年の開幕スタメンマスクも彼だった。
だが、捲土重来を期す2人の活躍に押されるように、屈辱の二軍降格。

しかし、そこにドラマがあった。

2018年7月1日。
横須賀スタジアム。
イースタン・リーグ公式戦。
対ファイターズ戦。

同じく二軍で調整を続けてきたハマの宇宙人 井納翔一とバッテリーを組んで、ノーヒットノーランを達成。

キャッチャーとして1つの勲章を手に、一軍の舞台に這い上がってきた。


7月4日には途中出場ながら、9回表に勝負を決定づける3点タイムリーツーベース。


そして、この日は駒澤大学の後輩「投げる哲学者」こと今永昇太と先発バッテリー。

「野球を楽しめ。相手に向かっていけ。どんな甘い球でも打ち取ったら正解。打たれたら俺のせいにしていい。反省するのは試合が終わってから」

力強い言葉に奮起した今永は粘りのピッチング。
6回110球3失点で2勝目。

打っては同点に追いつかれた直後の4回表に今季第1号ソロホームラン。

力で勝利をもぎ取った。

「二軍から這い上がってきて、目付き顔付きが違っていた。きっとやってくれると思います」(ニッポン放送解説のベイスターズOB野村弘樹)

これからが本領発揮の季節。
這い上がった男の強さを今こそ示す時。

脇目も振らず、優勝目指して突き進め!


奮い立て
横浜の大黒柱よ
さあ打て 飛ばせ
勝利への  扉をひらけ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号10。
戸柱恭孝。

NO PAIN, NO GAIN.
痛みなくして得るものなし。

VICTORY is WITHIN US.


2018/07/04(水)  東京ドーム
B8-4G
勝  ウィーランド
負  田口


ベイスターズ先発は、ジョー・ウィーランド。
初回3者連続三振の最高の立ち上がりの後、先制点を叩き出すツーベースヒット。

まさに「ハマの二刀流」の面目躍如。

今ではすっかり定着した「8番ピッチャー」は、彼のバッティングを活かす為に始まったのだ。

しかし7回裏、ジャイアンツ打線が彼に襲いかかる。


フォアボールと連打で1点差に迫られ、1アウトも取れずに降板。

マウンドには、本来は8回が本職の彼が向かった。


1988年2月20日生まれ。
アメリカ合衆国イリノイ州出身の30歳。

メジャーリーグを渡り歩き、2016年にはシカゴ・カブスの一員として108年ぶりのワールドシリーズに大きく貢献した。

2017年シーズンに、その肩書きを引っさげてベイスターズに入団。

一時は「小さな大魔神」山﨑康晃の代役ストッパーも務めた。

だが、彼は謙虚に語った。
「あくまでもストッパーはヤスアキだ。僕らの仕事は、いかにしてヤスアキに繋ぐかなんだ」

ストッパーとて、メジャーリーガーとて、打ち込まれる時もある。

そんな時、「ストッパーを経験した者同士でしか解らない」気持ちを共有し、2人は声をかけあってきた。高めあってきた。
時には、食事にも出かけるという。


この日も、絶体絶命のピンチに登板。

見事な火消しで、勝利のバトンを、8回砂田毅樹、9回山﨑康晃へと繋いでいった。

ヒーローインタビューに呼ばれた彼は、状況を冷静に語り、優勝への熱い心を語っていた。

そんな彼を、シーズン前から我らのキャプテンは、大きな信頼を持って見つめていた。

「あの映画のDVD(劇場版FOR REAL)を見た時、チームのみんなは恐ろしいくらいに自分の事しか語っていなかった。語っていたのは、監督とパットンぐらい。彼は本当は自分がクローザーをやりたいのに、康晃の事を言っていた」(筒香嘉智)

見る人は見ている。

青い目をした「将軍」こそ、真のメジャーリーガー。

有形無形の貢献で、チームの夏の快進撃を支え続ける頼れるセットアッパーだ。

横浜の夏が始まっている。

将軍は矢印を外に向け続ける。


心をひとつに
共に歩もう
すべての力合わせて
共に闘おう
どんな時も夢目指し
共に輝こう
心をひとつに
心をひとつに
We LOVE YOKOHAMA
We LOVE YOKOHAMA
We LOVE YOKOHAMA  No.1


横浜DeNAベイスターズ。
背番号53。
スペンサー・パットン。

YOUR ATTITUDE ALWAYS
DETERMINE YOUR ALTITUDE.
物事に臨む姿勢によって結果は変わる。

VICTORY is WITHIN US.


2018/07/03(火)  東京ドーム
B5-6G
勝  谷岡
負  田中健
S  マシソン


取って取られてのシーソーゲームを落とし悔しい敗戦。

チームの試練は続く。


この日のスタメン、1番センターにはあの男が座った。

5打席1安打3四死球。
どこまでも諦めない執念の姿。

これこそハマのリードオフマン。
背番号1に相応しい活躍だった。


ハマの元気印の彼は、今シーズンは苦闘の中にいる。

19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした昨シーズンは、12球団で唯一全試合スタメン出場。

球団は期待を込めて背番号1を与える。

ベイスターズの顔になったということだ。

近藤昭仁。
山下大輔。
谷繁元信。

ホエールズでも中心選手が背負ってきた。

ベイスターズでも中心選手がつけてきた。

しかし、嫌なジンクスもある。

初代の進藤達哉は、2000年オフに。
2代目の波留敏夫は、2001年シーズン途中に、それぞれトレードに出されてしまう。

彗星のように現れたこの男の活躍によってだ。

ハマの龍神  金城龍彦。

野性的な勝負感。
類まれなる野球センス。
そして、プロ入り後に野手に転向する血のにじむような努力と鍛錬。


その金城ですら、背番号1を背負った2002年はチームの低迷とともに自分の姿を見失う。

だが2003年、背番号1の偉大なレジェンド山下大輔監督の指導の元、復活を果たす。

いつの日か人は彼のことをこう呼び始める。

ミスター・ベイスターズと。


2017年オフ。
この年の活躍が認められ、背番号1の系譜にハマのガッツマンが名を連ねた。

入団時の背番号も同じ37。

偶然の一致以上の、運命的なものすら感じさせる。


背番号1の重圧。

2018年シーズン。
開幕3戦目で2番に配置換え。
5戦目にはスタメン落ちし、出場機会すらなかった。


だが、彼に最も似合うのは1番センター。

これは彼とっても、チームにとっても大きな試練。

今一度大きくなる為に、乗り越えるべき壁だ。

きっと、彼ならできる。
そして、チームももう一重強くなれる。

戦いは続いていく。


今だ  クワ  喰らいつけ
燃えろガッツマン
突っ走れどこまでも
勝利を呼ぶ男

横浜DeNAベイスターズ。
背番号1。
桑原将志。

GOOD TEAMMATES.
チームのためにベストを尽くす。

VICTORY is WITHIN US.


2018/07/01(日)  横浜スタジアム
B1-15C
勝  岡田
負  濱口


2度のビッグイニングを作られ、大量リードをされてしまった7回裏。

この日一番の大歓声がスタジアムから巻き起こる。

二軍から這い上がってきた、チーム最年長の彼が今季一軍初打席に立った。


1986年7月10日生まれ。
静岡県駿東郡出身の31歳。

横浜高校から2004年ドラフト6位で入団。

2012年には、新生DeNA球団の初代キャプテンに任命される。


ただ、順風満帆なことなどなかった。

中畑清監督からは、カメラの前で叱責され二軍降格を言い渡されたこともあった。
その期待の大きさ故である。

だが、彼は這い上がってきた。

内に秘めがちだった闘志を、全面に押し出せるようになったのも、キャプテンとして苦労を重ねたゆえ。

黄色い声援一辺倒だった彼に、老若男女隔てずに歓声が送られるようになったのもこの頃からだ。

2014年には、ユリエスキ・グリエルの加入により外野へコンバート。

2017年には、田中浩康の加入、柴田竜拓の台頭により、セカンドのレギュラーを手放す。

2018年シーズンは、大和の加入、倉本寿彦のセカンドコンバートにより、二軍からのスタートとなった。


だが、ファームでは誰よりも輝いていた。

全力疾走。
ヘッドスライディング。
そして、大きな声で後輩達を牽引する姿勢。

心は熱く、頭脳は冷静に。
時を待ち、時を作った。


灼熱の横浜スタジアム。
遂に彼の出番がやってきた。

鋭く振り抜いた打球はショートゴロ。

彼は全力疾走で駆け抜ける。

その姿勢がカープ鉄壁の内野陣に焦りを生み、ゲッツーを阻止。

敗色濃厚な中にあって、最後まで諦めない姿勢をチームメイトに示した。

そこに、満員の観衆は大拍手を送った。


まだまだ老け込む年齢ではない。

チャンスは少ないかもしれない。

今一度、レギュラーを奪い取るぐらいの再覚醒を、ファンは待ち望んでいる。


背番号7。
静岡県出身。
横浜高校OB。
ドラフト下位から這い上がってきたのは、同郷のレジェンド鈴木尚典と同じ系譜。

現キャプテン筒香嘉智は、背番号51に憧れた。

その筒香が、2015年のキャプテン就任時
に最も頼りにしたのが、横浜高校の先輩であり、頼れる兄貴分の彼だった。

横浜高校の遺伝子。
背番号7の系譜。

優勝を目指す真夏の戦いには、経験豊富な君の力が不可欠だ。

雄洋の夏が始まる。
横浜の季節がやってきた。

栄冠掴むその日まで
恐れず飛び込めベースへ
君の熱き血潮で
燃えろ  雄洋

横浜DeNAベイスターズ。
背番号7。
石川雄洋。

SIETE BRILLANTE.
背番号7よ、輝け!

VICTORY is WITHIN US.


2018/06/30(土)  横浜スタジアム
B2-1C
勝  東
負  野村
S  山﨑


GET THE FLAG!シリーズ5戦目。
試合前のイベントには、1998年優勝時の主力2人が登場。

ハマの司令塔 谷繁元信。
ハマの安打製造機 鈴木尚典。

それぞれ、現役の同ポジションの現役選手とメモリアルピッチ。

谷繁は嶺井博希に。

鈴木は横浜高校の後輩でもある主砲を相手に。

超満員の大観衆からの温かい声援と拍手が送られた。


灼熱の炎天下のデーゲーム。

ベイスターズ東克樹、カープ野村祐輔の投手戦で、試合は進んでいく。

0-1で迎えた6回裏。
1死2塁のチャンス。

打席には我らがキャプテンが向かう。

狙い済ました一撃は、ベイスターズファンで溢れかえるライトスタンド最上段に飛び込む逆転ホームラン。

これが決勝点となった。


高校通算69ホームランの実績を引っさげて、横浜高校から2009年ドラフト1位で入団。

「僕の憧れは、高校の先輩の鈴木尚典さんです」

チームは、未来の大砲をファームで育てる計画を立てた。

当時の二軍打撃コーチは鈴木尚典。

憧れの大先輩の指導で彼は才能を開花させていく。

ルーキーながらファームの本塁打と打点の二冠王。

2010年10月7日。
横浜スタジアム。
シーズン最終戦。

タイガース黄金のJFKの一角 久保田智之から鮮やかなプロ入り初ホームランを放った。

3年連続の最下位に喘ぎ、希望を失っていたファンは、そこに一条の光を見た。

2014年には、クリーンナップの一員として定着。
ポジションも憧れの鈴木尚典と同じ、レフトのレギュラーとなった。

2015年には、四番打者にしてキャプテンにも就任。

ここから新生DeNA球団の覚醒が始まっていく。

「毎試合多くのファンが応援してくれています。選手全員が優勝するんだという気持ちを持って残り試合、本気で優勝を狙ってほしいと思います」(鈴木尚典)

その鈴木以来の、横浜高校出身の主砲が率いるベイスターズ。

20年ぶりの歓喜の瞬間に向けて灼熱の夏を駆け抜けて行く。

その手で勝利の旗を掴み取れ!


横浜の空高く
ホームランかっ飛ばせ  筒香
さあ打て  筒香
飛ばせ  空の彼方
横浜に輝く大砲
かっ飛ばせ  ホームラン
GO GO TSUTSUGOH!

VAMOS A SEGUIR ADELANTE!
常に、前に、前に、積極的に行こう!

VICTORY is WITHIN US.


2018/06/29(金)  横浜スタジアム
B5×-4C
勝  山﨑
負  アドゥワ


終盤の猛攻で鮮やかなサヨナラ勝ち。

序盤の劣勢を、ベイ戦士達は一丸となって跳ね返した。

劇的なサヨナラ勝ちは、確実に流れを変える。

勝ち抜けるシーズンには、必ずそういう試合がある。


1998年7月12日。
帯広の森野球場。
優勝を争う2位ドラゴンズ戦。
9回裏、6点差を一気に一気に追いつき、12回日没コールドに持ち込んだ試合。

「物の怪に取り憑かれたようだ」とチームの指揮を執る権藤博監督自身がが驚く快進撃で、38年ぶりの日本一を勝ち取った。

2017年8月22日~24日。
横浜スタジアム。首位カープを迎えての3連戦。

筒香嘉智、ホセ・ロペス、宮﨑敏郎の3者連続ホームラン(8月22日)。

梶谷隆幸の2ベース(8月23日)。

倉本寿彦の内野安打(8月24日)。

3試合連続のサヨナラ勝ちから「史上最大の下克上」は始まっていた。
カープをクライマックスシリーズで打ち破った1つの要因がこの夏の3連戦。
19年ぶりの日本シリーズ進出へのドラマの始まりだった。


3連敗で借金6。
嫌なムードを、2人の千両役者が打ち払う。

この日のスタメンには、ホセ・ロペスと倉本寿彦が復帰。

大瀬良大地の前に沈黙する打線の中で、攻守にわたってチームを鼓舞する。


序盤4失点の開幕投手 石田健大も、粘りのピッチングで7回を投げ抜き味方の反撃を待つ。


8回表は頼れるリリーバー加賀繁がカープ打線を三者凡退に切ってとる。

そして、8回裏。
「同級生の2人が繋いでくれたチャンス。僕も何とかつなごうと思いました」

乙坂智、柴田竜拓がヒットで繋いだチャンス。

ハマスタの空気がガラリと変わる。

ハマの神の子 神里和毅が放った打球は鮮やかな同点3ラン。

9回表は、前日敗戦投手になった小さな大魔神 山﨑康晃が満塁のピンチを凌ぎ切る。

9回裏1アウト1,2塁のチャンスには、神里を兄のように慕い、同じ車で球場入りするこの男が打席に入った。

「初球から思い切っていこうと。サヨナラ打は初めてで、夢のような時間でした」

1994年11月28日生まれ。
岡山県岡山市出身の23歳。

広陵高校から明治大学を経て、2016年ドラフト9位で入団。

ルーキーイヤーはプロの壁に苦しんだが、2年目の今シーズンは一軍に定着。

ここまで3本塁打。
個人別応援歌も作られる程、期待を寄せられている。

勝ち抜くシーズンには、新戦力の台頭が不可欠。

精悍な若武者が、横浜の新たな時代を切り開く。

横浜の梅雨は明けた。
ベイスターズの夏がやってくる。


燃えろ熱く
君に託された夢
跳ね返せグランドへ
新しいヒーロー

横浜DeNAベイスターズ。
背番号44。
佐野恵太。

CONCENTRATE ON EVERYTHING
AND EXERT MYSELF TO THE UTMOST.
精神を集中させ努力すれば出来ない事はない。
どんな壁にぶつかっても努力をして乗り越えたい。

VICTORY is WITHIN US.



2018/06/28(木)  横浜スタジアム
B2-3T
勝  能見
負  山﨑
S  ドリス


同点の9回表。
まさかまさかのエラーで決勝点を献上。

GET THE FLAG!シリーズは3連敗となってしまった。

悔しい。
実に悔しい。

屈辱のあと一人コール。
轟き渡る六甲おろし。

この悔しさは絶対に忘れてはいけない。


この日の先発は背番号21の左腕。

1998年の背番号21といえば、野村弘樹。

1987年、PL学園のエースとして甲子園春夏連覇。
あのKKコンビですらなし得なかった偉業を引っさげて、同年ドラフト3位で入団。

ルーキーイヤーの初登板初勝利初完封はなんと無四球。
1993年最多勝。
1998年日本シリーズ第1戦先発勝利。

現役通算15年で101勝。

輝かしい歴史を作ったベイスターズ史上最高の左腕だ。

現在は解説者として活躍する彼の最も期待する1人が、この日の先発左腕。

「投げる哲学者」とのニックネームも、クレバーな野村の後継者に相応しい。


昨年の日本シリーズ。
そして、アジアチャンピオンズシップ。

日本中の野球ファンを唸らせる快投で、その名を轟かせた。

今シーズンは開幕投手の呼び声も高かったが、左肩の違和感で出遅れ。

4月末に一軍に合流しても、思うようなピッチングが出来ない。

2度のファーム調整を経て、この日ハマスタに帰ってきた。


7回115球2失点6奪三振。

「三振を取れる投手ではなく、勝てる投手がいい投手。力のない人間は練習するしかない」(2016年4月29日)

「『援護点がない』というのは防御率0点台の投手が言うこと。僕の力不足です」(2016年4月14日)

いずれもタイガース戦で好投虚しく敗戦投手になった後のコメント。

彼が、この日のピッチングで満足している訳が無い。


この日の悔しさを忘れずに、必ずやり返してくれるはずだ。


1998年の優勝時。権藤博監督は、常々語っていた。

「戦いは、やるかやられるかだ」

「やられたら、やり返せ!」

氏は退任後も常々語っていた。

「このチームにはね、力があるんですよ。底力がある。こんなもんじゃないですよ」


戦いは続いていく。
諦めたら、そこで全てが終わりだ。

そうだ。
まだ誰も諦めていない。


左腕がうなれば
狙いは外さない
ピンポイントの技
攻めろ  攻めろ  昇太

横浜DeNAベイスターズ。
背番号21。
今永昇太。

THE FLOWER BLOOMS
IN ADVERSITY IS THE RAREST.
ピンチの時こそ成長のチャンス。

VICTORY is WITHIN US.


2018/06/27(水)  横浜スタジアム
B6-16T
勝  藤浪
負  飯塚


目も当てられないような大惨敗。

これで借金5。
タイガースへの負け越しがそのまま結果となってしまっている。

GET THE FLAG! と銘打ち、1998年優勝時のビジターユニフォームで臨んだ試合での屈辱の敗戦。

これでは優勝のメモリアルではなく、10年間で最下位6度の2000年代の悪夢の記憶を呼び起こす事になってしまう。

この栄光のユニフォームは、その後の屈辱の記憶でもある。


1998年のチームは本当に強かった。

だが、その後勝ち続ける事が出来なかった。

主力選手が次々に移籍。

残ったV戦士も思うような結果を残せない。

抜擢される若手も期待に応えられない。

勝った時に、負けの因を作ってしまっていたのだ。


今シーズンも主力の離脱が相次ぎ、苦しい戦いが続く。

そんな時は、今一度原点に帰るしかない。

2018年3月30日。
横浜スタジアム。

開幕直前のダグアウトで、我らのキャプテンはチームメイトに語りかけた。


「今年優勝を目指して戦うのはもちろんのこと、来年も再来年も、常に優勝争いをする常勝チームになれるように。そのために戦っていこう」

例えば、ホークスやジャイアンツのファンが、
「〇〇年の優勝はさぁ」
なんて語っているのを聞いたことがない。

いつまでも1998年の栄光にすがっていてはいけないのだ。


常に勝てるチームに。
ずっと最前線で戦えるチームに。

1998年の記憶が霞んでいくぐらいの旋風を起こさねばならない。

チームを覆う宿命的な負の遺伝子を消し去るには、逆説的だが勝つしかない。

我らのキャプテンは、誰よりもそれがわかっている。
そして、行動し、語りかけている。

だからこそ、まずは目の前の1勝に貪欲に。

どこまでも泥臭く、執念を持って攻めぬこう。

そして、ハマスタにはあの応援歌が轟き渡る。


横浜の空高く
ホームランかっ飛ばせ  筒香
さあ打て  筒香
飛ばせ  空の彼方
横浜に輝く大砲
かっ飛ばせ  ホームラン
GO  GO  TSUTSUGOH!


横浜DeNAベイスターズ。
背番号25。
筒香嘉智

VAMOS A SEGUIR ADELANTE!
常に、前に、前に、積極的に行こう!

VICTORY is WITHIN US.


2018/06/26(火)  横浜スタジアム
B0-4T
勝  メッセンジャー
負  バリオス


1998年10月8日。
阪神甲子園球場。
横浜ベイスターズは、38年ぶりのセ・リーグ優勝を決めた。

2018年6月26日。
横浜スタジアム。
2年後の東京オリンピックに向けて改修が進む中、いよいよライト側の増席部分が姿を現してきた。

ベイスターズナインは、あの日優勝を決めたビジターユニフォームに身を包んで、試合に臨んだ。


1回裏。
あのテーマがスタジアムに響き渡る。

駆け抜ける  スタジアム
君の勇姿
明日の星を掴めよ
石井  その手で

横浜ベイスターズ。
背番号5。
石井琢朗。

言わずと知れたハマのリードオフマン。

1998年の栄冠以降、チームは崖から転げ落ちるような低迷を続ける。

どん底のチーム状況。
衰える自身の気力体力との勝負。
奮闘努力を続けてきたチームリーダー。

2008年シーズン終盤、無情にもコーチ就任要請という名の戦力外通告を受ける。

その情報が、スポーツ紙に報道される。

憤ったファンは、出場機会のなくなった彼の応援歌を、他の主力選手の打席で歌う事で、球団に抗議の意を表明する。


その打席に立っていたのが、あの男だった。

ハマの龍神。
2000年代のミスター・ベイスターズ。

横浜ベイスターズ。
背番号1。
金城龍彦。

弛まぬ努力。
野性的な勝負感。
類まれなる野球センス。

チームを鼓舞し続けた彼が、打席であんなに悲しい、切ない、やるせない表情を見せたことはなかった。

彼もまた、2014年オフにコーチ就任要請という名の戦力外通告を受ける。

現役続行を希望し、ジャイアンツに移籍。

現在は、ジャイアンツの二軍打撃コーチとして後進の指導に当たっている。

石井琢朗もまた、カープで現役引退後、コーチを務め、今はスワローズのコーチとして、交流戦優勝の縁下の力となった。


その2人が、ハマスタに帰ってきた。

2018年4月4日。
横浜スタジアム40周年記念試合。

スワローズのユニフォームの石井琢朗。
ジャイアンツのユニフォームの金城龍彦。

ハマスタへの、ベイスターズへの熱い熱い思いをメッセージに託した。

2人の勇姿を見つめてきたファンは、涙してそのメッセージを受け止めた。

そして、この日の試合。
偉大なレジェンド2人の応援歌を背に受けて、凛々しきルーキーが打席に立った。

ビハインドで迎えた8回裏。
鮮やかなヒットをセンター前に運んだ。


今日は敗れた。
だが、また明日立ち上がる。

目指すのは20年ぶりの栄冠。

GET THE FLAG!

戦いはこれからだ。


見せてくれ
見せてやれ
超スーパープレイを
ハマの風に乗った
男の意地を

横浜DeNAベイスターズ。
背番号8。
神里和毅。

EVERYTHING'S GONNA BE ALRIGHT.
何とかなる事ではなく何とかなる努力をする。

VICTORY is WITHIN US.


2018/06/24(日)  ナゴヤドーム
B6-1D
勝  パットン
負  田島


同点の9回表。
マウンドにはドラゴンズの守護神 田島慎二。

連打連打で追い詰めて作った1アウト満塁のチャンス。

打席には、この日途中出場の彼が向かった。


小さな身体が大きく見える堂々としたバッティングフォーム。

オープンスタンスにバットを長く高らかに突き上げる姿は、剣豪の姿にすら見える。


鋭く振り抜いた打球は一塁線を鋭く破っていく。

走者一掃のスリーベースヒットとなり、試合を決めた。


1995年6月28日生まれ。
愛知県海部郡蟹江町出身の22歳。

東邦高校から2013年ドラフト5位で入団。

この日は、ご当地愛知県の凱旋試合だった。


地元ドラゴンズへの憧れは強かった。

母子家庭で苦しい中、自身の高校進学のため名古屋市内に転居してくれた家族のために。
そして、大好きな姉の進学費用のために。

何よりも、甲子園出場経験のない自分をプロとしてどこよりも先に評価してくれたベイスターズに、迷わず入団を決めたのだ。

だが、群雄割拠のプロの世界。
抜群のポテンシャルと徹底した努力だけでは勝ち抜けない。

代打。
代走。
守備固め。

ファームでの試合や練習でも常に全力疾走。

常に研究と精進を怠らないその姿勢は、精悍な表情に滲み出る。

ファンはその凛々しさに心を奪われるのだ。

「自分に与えられた仕事をやるだけです。必ずレギュラーを取ります!」


ヒーローインタビューでは、冷静に、理知的に、そして自信満々に語った。

皆が待ち望んだ、大気の時代がいよいよやってくる。


出た出た
遂に  必殺バットマン
白い弾丸打ち込んで
ガッツポーズだ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号63。
関根大気。

MAKE YOUR DREAMS COME TRUE.
皆で夢を叶えよう!

VICTORY is WITHIN US.