「誰か居るのですか?」
「……!」
ふと復讐を考えていた玲の背後から静かで凛とした声が届いた。
後ろを振り返れば、艶やかな緑の長髪に巫女の服を着た女性の姿があった。
「……ロンの…お母さん……」
その女性は遥か昔、廃墟と化していた彼らの住む村を復興へと導いた『自然の巫の力』を継ぎし者……そして同時にロンの母───フレアであった。
「玲さんでしたか。どうかされました?こんな場所で…」
「……」
歩み寄ると同時に玲はフレアを睨み付ける。只事ではなさそうなその姿にただ一言、
「一度中へ上がってくださいな。話を聞きましょう」
と、神社の中へと促した。
「どうぞ」
神社の中へ入るとフレアはお茶を差し出したが、玲はただ黙ったままそれを見つめている。
「玲さん…まずは力を抜いてくださいな」
「……何も知らない奴がよく言うよ」
ようやく放った言葉は冷たく、怒気が込められた声色だった。
「……鈴さんとロンのことでしょうか」
そんな様子を見てフレアは核心に迫る問いを投げかける。
その途端、玲の表情が更に強ばった。
「……玲さん。貴方が何を思って何をしようとしているのか、貴方を見つけた時から大体分かっておりました」
そう言葉を続けるフレア。そして一呼吸置いて、
「ですが、貴方からその思いは伝えましたか?」
と問いかける。
「……うるさい……」
その問いに答えずにひたすら睨みつける玲。
「伝える?そんなことしたって変わるものか!だからボクは……アイツに復讐をする!」
強い憎しみを感じる叫び。叫びながら握った拳には闇の力が感じられる。
フレアは一つ溜息を吐くと、
「復讐は……何も生みません。寧ろ貴方が一生その悪しき心に苛まれるだけ」
と真剣な眼差しで伝える。
その言葉に玲は一瞬怯むも、
「分かったように言うな!」
と言い放ち、手から漆黒の渦のようなものをフレアに向かって解き放った。
フレアは静かに目を閉じて、
「伝えるのって難しいものですね…」
と呟くとその渦を身体で受け止めた。その姿に玲は驚愕の表情を浮かべる。
「な、んで避けなかった…」
「……伝わらぬのなら身を持って知っていただく……それが正解でしょう……」
その言葉を最期にフレアは床に横たわり───息絶えた。
「嘘…でしょ……」
明らかに手遅れなそれを見て玲はその場に立ちすくむ。
玲が放った渦は『即死魔法』ではあった。だが、それは一般的に成功率が1%程だと言われている。
玲は『その魔法を避けてくれるか』あるいは『避けられなくても成功しない』と思っていたのだ。
「お母さーん!玲こっちの方に来たりしてないー!?」
そこに軽快な足音と声が聞こえてきた。ロンである。
そして扉を開けたと同時にそれは絶望へと変わった。
「え…お母…さん…?」
横たわったフレアを見て見る見る顔が青ざめる。
そしてその場に立っていた玲に気付くと、
「玲…?玲がやったのか?何で…!」
と詰め寄った。
玲は足を震わせながらもロンの方へ向いて、
「……全部、キミが悪いんだよ。鈴を奪って…ボクを一人にしたキミが…!」
と言い放つ。「変えられない罪なら本物の悪になってやる」と正当化したのだ。
そして愕然とした表情のロンから目を背けると玲は走ってその場を後にした。
「あ…ぁ…そうか…俺が……玲を…皆を不幸にしたんだ……」
残されたロンは変わり果てた実母を見て涙を零しながらそう呟いたのだった。