こんばんは![]()
1年ぶり?のブログ更新になってしまいました。
コロナが始まり、激動の1年となり
どうやって?1年乗り切ったか。
2020年3月インドネシアでもコロナが始まり
3月31日から4月の1カ月で
ジャカルタから日本人が一斉に消えました![]()
突然届く、「帰国することになった。今までありがとう。またどこかで会えますように」
といったLINEが何通も何通も![]()
![]()
![]()
私はインドネシア人と国際結婚をしているので永住予定です。
友人たちの日本帰国は、もう今までみたいには会えなくなるかこのまま会えなくなることを意味しています。
みんな帰っちゃった。ってなんだかぽっかりした5月は
ジャカルタはロックダウンも始まり日本人どころか街から人が消えました。
世界が静まり返った時期だったかと思います。
6月、7月、8月の自粛生活。
もちろん私だけでなく世界中が同じ状況だったと。
9月になり、
国境という壁にもぶち当たりました。
今までCAだったという職業柄
国境を感じたこともなく、日帰りで香港、韓国、シンガポールまで飛ぶなんてザラ。
ジャカルタ-日本も
思い立てばその日のうちにピョンっと![]()
それがコロナにより日本が遠く遠くの国になってしまった![]()
国際結婚とは、こういう事なのかと。
成田に到着してPCR検査を受けて入国。
通過した先にはなんと人、人、人。シルバーウィークでものすごい人の賑わいに腰抜かしたのを覚えています![]()
日本と世界のギャップ!
帰国者専用の検疫バスを利用し、そこから14泊15日を成田のANAホテルで過ごしました。
(帰国者受け入れ可能ホテル)
その日は20時間以上眠りから覚めず。
意識失った感じでした![]()
日本に着いた安心感や、感染状況が最悪のジャカルタで過ごしてきた緊張感からの解放?
ずっと何か堪えてきた重荷をやっと下ろせたような。
とにかく寝て寝て寝て。
でも起きてみたら普通に現実的に思考は戻って
ジャカルタに残してきた家族も気になり始めましたが、残したといっても45日だけなので
今後きっと更に感染状況は悪くなると9月の時点で分かっていたので
日本で免許の更新や、人間ドックやお墓参りや家庭裁判所での戸籍の変更やら
やれること全部詰め込んだらあっという間の45日でした。
でも何よりも86歳のおばあちゃんにちゃんと会っておきたかったのです![]()
この45日でPCR検査2回、抗体検査も2回受けました。
日本からジャカルタに帰る飛行機の乗客は30人はざっといて
「海外で働く」って、学生の頃はカッコいいな❣️って思ってたけど
命がけだなぁーと本当に感じた。
インドネシア人の乗客もいて、
「2年の雇用契約が終わり、インドネシアに帰らなきゃいけない。帰りたくない。日本にいたい」なんて話をしました。
スカルノハッタに到着すると、PCR検査証明書を見せただけで案外早くスムーズに通過。
インドネシアあるあるで、上手く通過できない可能性もあったのでエスコートサービスをつけていたおかげもあったのかも。
そんなこんなでジャカルタにまた戻った11月でした。
そこからジャカルタは11月12月と更に感染状況が悪化しました。
日本や他国では1波とか3波とかいうけれど
インドネシアはずっと1波のまま右肩あがりです。
波とか無い。始まって以来ずっと伸び続けている。
こちらの日本人の感染も3桁になり死者も出ている。
病床はかなりひっ迫というか崩壊していて医者や看護師が300人近く感染死したニュースは衝撃でした。
リアルに状況が知りたい方はぜひyoutubeのbukamata (mbak nanaの番組)をご覧下さい。
私は見た後に吐き気に襲われましたが。![]()
インドネシアどう?と日本の方や他国ヨーロッパやアジアにいる友人たちによく聞かれますが
一言で言えば
「死にすぎ」 とにかく「死にすぎ」に尽きますね。
それも若い人たちが短期間に。普通に20代と
か。そこが一番の他国と違うインドネシアのコロナの特徴のように感じる。
だから日本で風邪の一種とか、インフルエンザみたいなものとか、withコロナとか
インドネシアには全くもって当てはまってない。
死者数や感染者数も日本と違い。
それは数えられた人数を意味しています。
(戸籍がある人、IDを持っている人、PCRの検査費用が払えるレベルの人)
実数ではないので。実数はおそらく5倍とか言われるニュースも見ました。
それでもこの2億超えの人口を抱える大国は
経済優先に動いていかなきゃいけない。生活保護なんかないからねぇ。
みんな前を見ているのが暮らしていると凄い伝わる。
「こわいなぁ」とか「自粛だから」とか
みんな分かっていないんじゃなくてそんなの分かってはいるけど、そういう気持ちを置いていかないとこの国では生き残れないっていう感覚がインドネシア人たちからひしひし感じます。
でも苦しみながら前を向くっていうよりか
国民性もあって、楽しみをちゃんと忘れてない
首都の中をサイクリングするのが大ブームになり
主要道路のワンレーンが自転車専用になるほど
飲食もアウトドアで出来るお店が増えたし
何パーセントかの店内飲食も守りみんなON/OFFを分けている
制限されていた結婚式も形を変えたり、気候もいいのでホテルのプールサイドでのパーティーが爆発的人気になったり
コロナバーガー🍔とか、コロナシューズとかウィルスのキャラクター化が起きたり。
側からみたらふざけてる。感染で亡くなった方や医療従事者を甘んじてるとかいう声もあるかもしれないけど
住んでいるとそれは違うというのが分かります。
ある意味この時期をこの1年を海外で過ごせて
色んな意味で価値観や人生観が変わったし
勉強になった事の方が多かった。
ブログもお休みしていたけど
この1年、オンラインで新しく繋がった素敵な出会いがたくさんあったので
これもSNS のおかげ


またちょくちょく書いて残しておこうと思います。
2021年もよろしくお願いします〜
ご購読、登録ありがとうございます