どんなことをしたらおもしろいかなーって考えていろいろ調べてみると、

日本だけでも、いろーんなことをしている人がいるってことがわかります。


いやー、すごい。


あれもやりたい、これもおもしろそう、なんて思うんだけど、

いちいちすべてのプロ資格を取っちゃうと、ライセンス料や協会費だけで半端ない出費になっちゃう。

資格があった方がもちろんいいんだろうけど、経費が収入を上回ったら全然意味ない…。


むーん。難しい。


あと取ろうと思っている資格は、ファーストサインとリフレクソロジー。

ファーストサインはベビマとリトミックをつなげるために、そしてリトミックの幅を広げるために。

リフレクソロジーは子育て中にホッと一息つきたいママのために。

と、頑張りすぎで疲れちゃってる人の癒しのために。

家でやれたらいいよなーと思ってます。


あとねー、キレイに動けるようになるために、何かしらダンスをやりたいと思ってるんだけどー、

今その余裕がないのよね。

バレエとかやりたい。


それと・・・

自宅を教室&サロンとして使うためには、いよいよ本格的に片付けないとな・・・。

ただ今、ベビーリトミックのレッスン内容を考案中。

兄の子どもたちを間近で3人も見てきたけれど、いざとなると赤ちゃんの生態は未知…。

月例によってめまぐるしく変化していく赤ちゃん。

何をレッスンの中に取り入れたら楽しんでくれるかな。


私がベビーリトミックで目指すものはいろいろあるけど、

まず第1にママと赤ちゃんのふれあい。

そして、ママが笑顔になってくれること。

ママが笑顔だと、赤ちゃんも安心してくれるはずだし、ママの「楽しい」は赤ちゃんに伝わるはずだから。


そしてママに楽しんでもらうためには、私自身が楽しい!って思うことをやること、なんだと思う。


どんなプログラムができるか、乞うご期待!


レッスンを受けてくれる友人とベビーちゃんに感謝。

大切な友人と赤ちゃんだからこそ、いいレッスンを作りたい。

待っててね~!!





ブログご無沙汰。
えっと、私の最近。
先週ピアニストと初合わせをしました。
なんとか形になりそうで一安心。
でもあと一楽章残ってるので、まだ安心はできない。
最近、自分に合う練習の仕方について模索。
いいかどうか分からないけど、今回これでいってみよう!っていう方法を一応編み出した。
なので今お試し中。
割といけてる気がするけどなあ。

リトミックの試験も近づいてきました。
今年は上級というだけあってなかなか手強いようだ。
なので早目に準備を開始してみた。
絶対受かる!
受かって次のステップに進むのだ。

ベビーマッサージ、は、覚えることがたくさんで、わーどうしよう!って感じ。
でも絶対一発で受かってみせる!
だって試験料高いんだもん。
2月はママのためのリフレクソロジーとハンドマッサージの研修が入るので、それ終わったらみんなにやってあげれるようになります。
乞うご期待!
てかケーススタディとして何人かの方に協力していただいて施術しないといけないので、みなさんご協力お願いします!

あとは相変わらず仕事が超忙しいけど、まあそれはなんとか乗り切るさ。
2月の半ばになったらリフレッシュ年休取ってやる!

そんなわけで2012年も出だしからぶんぶん飛び回ってまーす。
2月も野望のために新規開拓予定。


iPhoneからの投稿
2012年1月2日

親友とドライブに行きました。
どこに行こうかと相談したら、東京から帰ってきたばかりの親友は、まだ海沿いの街を見ていない、見たい、とのこと。
そうだね。私たちは知らないといけない。

そんなわけで、閖上へ行きました。

ここは、私がよく仕事で行った場所。
私は震災の後、4月の初めに行きました。
その当時はまだあちこち瓦礫の山で、全国の自衛隊や消防や警察の方々が捜索をしてくださっていて、中学校まで行けなくて、その光景のあまりの現実感のなさに、涙を流すこともできなかった。
今はすっかりきれいになっていたけれど、津波の爪痕はまだまだ色濃く残っていました。


閖上中学校正門前。なぎたおされた柵が、自然の驚異を物語っています。
photo:01

14時46分、東日本大震災が発生した時刻です。あの日あの時の記憶が蘇ります。

photo:02


見えるかな。校庭の向こう端に、漁船があります。

photo:03


学校が開け放たれていたので、入り口付近をのぞかせていただきました。

手前の壁、見えますか?くっきり泥の線が付いています。海水にここまで浸かっていたんですね。

photo:04

献花台が備えられていました。台となっている机には、中学生によって書かれたらしいメッセージと、犠牲になった仲間の名前。言葉にできない感情で胸がいっぱいになりました。どんなに悔しかっただろう。亡くなった若い命も、残された者も。それだけを考えることが自分にできる精一杯かと思うと、やっぱりすごく申し訳ない気持ちになる。そんなこと思うことすらおこがましい、傲りだと、何度も自分をたしなめてきたけれど、どうしてもそう感じてしまう。でも、それで終わってはいけないと思う。

photo:05


津波で傾いた校旗掲揚台。その向こうには住宅街が広がっているはずでした。

photo:06


ところどころ船があったり瓦礫が残っていたりしたけれど、もうほとんど片付けられて、海まで行けるようになっていました。

でも、あまりに何もなさすぎて、この道はどこに出る道だったか、とか、どこを曲がると何があった、とか、もう分かりませんでした。


震災があったのはもう昨年のこと。

どんどん過去になっていく。

だから、年の始めにこの街に行くことには、大きな意味があったと思う。

まだ全然終わってない。

これからの長い道のりを支えるために、自分に何ができるのかを考えなければ。


震災当時東京にいた親友に、この風景を見せることができて良かった、と思います。

地元を離れていたばっかりに、被害に「遭わないでしまった」ことに、並々ならぬ罪悪感を持っている人はたくさんいます。

被災を外側から見ることしかできなかったことにもがいた人もたくさんいます。

でもそれは、自分ではどうしようもできなかったこと。

だから、申し訳なく思っても、その気持ちのやり場がなくて、やっぱり悩んでしまうんだと思います。

親友が何を感じて考えたかは聞かなかったけれど、この時間と空間を共有できて良かったと思いました。


昨年の4月、とてもじゃないけど写真を撮る気になれませんでした。

でも今日は、8か月以上経ってもここは時が止まってるってことを伝えることに意味がある気がして、写真を撮ってきました。

もちろん周りはどんどん整地が進んでるんだけど、あの時のまま止まった時計を見ながら、ああ、この時はまだこんな被害誰も想像しなかったんだよな、とか、今通ってきたこの道で、情報が錯綜してたくさんの方が亡くなったんだとか、いろんなことを考えながら手を合わせてきました。

献花台となっている机に書かれていた「死んだら終わり?」という言葉を見て、前に進むことばかりが救いの方法ではないのではないかと思いました。

この言葉を、中学生がどんな気持ちで書いたのか。

亡くなった人とのそれまでの思い出を辿り直すこと、突然目の前からいなくなってしまったことがどういうことなのかを受け止め、自分なりに整理すること。

それには相当な時間がかかるんじゃないでしょうか。

誰も正解を教えてくれない、誰も正解なんて知らないこのことに向き合っていくのは、本当に難しいと思う。

私は今日この場所に行って、いろんなことを感じて考えたけれど、その感情の中に、変だとは思うけど、ホッとした気持ちもありました。

それは多分、この場所が「止まる」ことを許してくれているからだと思います。

前に進もう、とか、頑張ろう、という言葉が飛び交うそのエネルギーはとても素晴らしいけれど、じっとそこに留まり、喪に服すことが必要な人も本当はたくさんいると思います。


今はこれ以上のことは考え付かないな。

と、いうわけで、終わり。



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