記そう。この気持ちが消える前に。


残そう、これからのわたしの成長のために。


前を向こう、こんなところで終われない。



最終発表、第三位。


本来なら選ばれたことに喜ぶべきなのだが。



感情の動きがなかった。



いつもそうだ。


試合で勝ったときも、負けて引退になったときも、成績優秀者に選ばれたときも、ゼミ長になったときも、




そして、母が旅立ったときも。




いつもメタな自分がいて、感情がわきあがらない、

いや、わきあがっているが無意識のうちに抑制しているのかもしれない。



そして、その物事に対する真剣さ、本気さ、打ち込み度、

すべてをそこそこで乗り切るため、成果を得たときに感動が少ない、という点もあるだろう。





それなりに選ばれる人生を送ってきた。



大した努力をせずとも、それなりに選ばれ評価され賞賛される人生を送ってきた。


生きることに変に器用なのだ。




周りに怒られないように、またそれなりに評価を得られるように、

水面ぎりぎりをいかに楽に飛行するか。そこに注力してきた。



なぜこんなにも怠惰なのか。


なぜこんなにも何かひとつのことに打ち込むことが出来ないのか。




もうこれはこのように生を受けてから今日までの蓄積、変えようのない自分だから。

割り切ることも出来る。



だが、そうじゃない。


環境にも恵まれ、成長する機会もあり、それなりの能力もある。


もっと上を目指そう。いつまでも低空飛行なんて続けていられない。




目標だ。目標を考えよう。

今日、今月、今年、5年後、10年後、将来

明確にどこへ飛ぶか考えよう。




目的地のない飛行機なんて、乗りたくない。

燃料切れを恐れて低速低空飛行だ。



我が人生の目標を見定めよう。

そしてそれは高いものにしよう。



わくわくするだろ?



今日からロケットになろう。




こんにちは、みつをです。



今日はインターンからのゼミワークでした。


非常にルーティーン化を感じている今日この頃です。
なんか少し慣れると惰性で過ごす感じが自分の嫌なところです。




さて、何やら今日は夜に池袋で事故があったそうな。


薬中が車で何人もはねて、1人20代の子が亡くなったらしい。


池袋、学校の近くです。よく歩く道です。




事故の知らせを聞いたとき、なぜだかすごくひやりとしました。


友人ではないか、お世話になっている先生やバイト先の人ではないか。


生活の中心である池袋での事故だけに、どきどきしました。


なんだ、意外と友達のこと、みんなのこと好きなんだなって思いました。
少し自分を褒めてあげたい。




ただ、人事ではないなと思いました。



もし、ゼミワークが早く終わりその時間そこを歩いていたら、



もし、何気なく遠回りしてその時間そこを歩いていたら、



20代の女の子はまだ、生きていたかもしれませんね。





当たり前と思っていた存在、今日も夜には帰ってくる、明日もこれからもずっと一緒


そんな存在が急にこの世からいなくなった。


という経験をしている人が今いるのです。




現代人は自分のことを死なないと思っている人のことだ。


あるドラマのセリフです。


ツイッターや話を聞く限り、自分にも起こりうる事故であったと自覚している人は少ない。


もしかしたら、その時間を歩いていたかもしれないというのに。


ニュースに報道されるのは自分だったのかもしれないのに。






意外と死なんて隣り合わせ。


大切に。

どうも、はじめまして。



ブログをはじめてみました。



日常的なことや、考えたことなどを



まとめて発信していきたいなと思います。





普通は初投稿は張り切る物じゃないかって?


いや、はりきらんでええやろ。なんで初投稿はりきるのかと。


初投稿する時間を使ってフリーキックの練習する。


そういう考え方も出来ると思うんですよ。





ブラジルの人、ブログの初投稿はりきらんやろ。