うちの近所に中津からあげ専門店吉吾(きちご)というお店があり、料理が出来ない僕はよくお世話になっている。一人暮らしのうえ、それほど金銭に余裕があるわけではないから、ひと月に何度も通ってはいないが、給料日には必ず買いに行くほど僕はこの店の唐揚げが好きだ。今日、この美味しい唐揚げを食べたあと、気が向いたので吉吾をネットで検索してみた。目に入ったグルメサイトを見てみると、お店の評価が載っていた。店の味、サービス、値段等を星五つでそれぞれ評価するオーソドックスなタイプの評価方式だ。僕は吉吾が好きだから、否定的な評価やコメントにとムッとしてしまったが、人の評価は人種、性別、年齢、立場等の違いから異なってくるから、まぁ仕方がないか、と思った。だが、この評価やコメントというものは僕にとってかなりの影響力をもっている。僕は買い物や外食をする時によくネットを使う、そしてネットでの評価・コメントが高い商品やお店を選ぶようにしている。問題はこの評価やコメントに対する僕の受け取り方だ。僕はある時、ネットの本屋でAという外国書籍を買おうとした。しかし、Aには様々な出版社による訳本があったので、僕はいつも通り購入者の評価やコメントが高い出版社の本を選ぶことにした。ある出版社の訳本のコメントに、誤訳が多い、と書かれてあったので僕はその出版社の訳本を買わずに、他の出版社の訳本を買おうと考えた。僕は普段このような判断をなんの疑問を持たずに行っている。だが実際ほんとうに誤訳が多いのかと問われれば、分からない、としか答えられない。他人の意見を鵜呑みにしているにすぎないので自分では分からないからだ。このようなことは本だけではない、食べ物にしても写真で美味そうに見えても、評価が低かったら、食べてもいないのに不味いと判断してしまう。だが本当は十人十色なんだから評価が高いから美味いというわけでもないし、評価が低いから不味いというわけではい、だから自分で実際に体験し自分の基準で評価しないといけないのだ、という当たり前の事に気付かされる。僕は優柔不断で人の評価やコメントに左右されやす過ぎるので人一倍シッカリしなければいけない。
