この道の選択に悔いなし
右足を切断から28年。
三井温熱との出会いが人生を変えた
島根県
三井温熱療法院 ほっとルームなかの
中野博さん
労災事故で右足15センチを切断。
28年前、中野さんが39歳の時に起きた不慮の出来事でした。
失意のどん底にあった中野さんを、入院4日目にして奮い立たせたのは、見舞いに来た知人が言った言葉でした。
「くよくよするな。手足を失っても社会で一生懸命に頑張って仕事をしている人はたくさんいる」とはいっても、これから人生をどう生きるか。
「まだ子供が小さい時だった」だけに病床のなかで不安が目まぐるしく脳裏を交錯したに違いありません。
この不幸な事故が、後年、三井温熱と縁を持つこととなる間接的な遠因になるとは、その当時の中野さんにはわかるはずもないことでした。
その後、中野さんが就いた職業は「ラジウムやラドンなどを扱う関係」、いわゆる健康産業の分野の仕事でした。
「当時、社長がこんな温熱器を販売したいということで、私に送ってきたDVDが三井温熱器だったんです」
早速、関係者と連れだって横浜にある三井温熱の施療院を訪ね温熱を受け、その素晴らしさを肌で実感。すぐに温熱療法を学ぶために受講を申請し、平成24年に卒業。
これが、中野さんが松江市で三井温熱療法院「ほっとルームなかの」を開設するに至った縁であり経緯でした。
多分、不幸な事故に見舞われることがなかったら三井温熱との接点はあるはずもありません。人生の数奇な巡り合わせの妙としか言いようがない出会いです。
開院した当初の施療師が誰でも集客の壁にぶつかるように、中野さんも「集客が課題でした。ラドンの時のお客さんをはじめ、知っている人に声掛けをしたり、お試し案内を出したり」と悪戦苦闘の連続だったようです。
施療技術の研鑚については「習ったことを思いだして技術向上に努めてきました。この間、施療師の諸先生にも励ましや指導をいただきながらやってくることができた」といいます。
苦節4年目にして「おかげさまでリピーターのお客さんもつき、なんとか細々とやっていけるまでになりました。温熱器はすごいですね」と、慎ましい笑いを込め、そう話してくれました。
労災事故で右足切断をしてから28年。筆舌に尽くせない塗炭の苦しみに耐えて頑張れば、人はかならず報われ、また日が昇る人生がくることを教えられた取材でした。
「いや~、私が頑張れたバネになったのは子供たちです」
当時まだ幼かった二人のお嬢さんの一人は既に嫁いでいる。
(2015年7月発行MOTAプレス12号より抜粋)
