先週の大地震、不測の災害によってある日突然犠牲になられた方々、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
ご家族やご友人、大切な人を亡くされた方・・・。本当につらく悲しい思いをされていることでしょう。
心残りがあるかも知れません、ご愁傷様です。
そしていまだなお余震が続く不安の中、不自由な生活を余儀なくされている皆様方、一秒でも早く
心休まる日が訪れますように。

こなねえさん愛しています。
みつえたちは元気です。



わたしが住む町でも激しい揺れがありました。
女性4人で事務所で製図していたのですが、棚の上の物が落ちてきそうになったので
ひとまず表に出ようと避難。
普段空気の読めないS藤さんは、聞いてんのか聞いてないのか揺れの中動かない。
・・・ツウか動けないのか。
あなたのいる場所が事務所内で一番危険な場所、頼むから表に出てくれない?ってお願いして出てもらった。
いざというときネックになるポイントがつかめました。
二回目以降は彼女から誘導。

表に出ると隣家のおばあさんと息子さんが、土埃の出始めた家からはいずりながら出てくるところでした。
おばあさんは腰を抜かしてしまっていたので、息子さんと家が崩れても免れそうなところまで
引っ張り出しました。おばあさんをずるずる引きずってしまった。

置場のブロックやレンガもいくつか落下し危険だったので、駐車場の広い所へ行ったのですが、
車がゆっさゆさと大きく前後に動き今にもこっちに来そうで怖いのなんの。
向かいの家では若いお母さんが小さな女の子二人を抱きかかえ揺れる家を眺めていました。
女の子は突然のことでびっくりしてしまいわんわん泣いていました。
いつも飴玉を持ち歩いている女性に飴玉よこせと奪い取り、女の子にくれてやりました。
現金なもので、ケロリと泣き止みました。
飴玉パワーすごいな。

近所一帯に声をかけ、揺れも落ち着いたところで社長の奥さんが子供を学校に迎えに行くついでに
うちの子供たちの様子も見てきてくれるというのでお任せし、事務所に戻りました。
その後何度か大きな余震があり、表に逃げ出しては戻りを繰り返しました。
一時間して奥さんが学校から戻り、うちの子たちは無事に学童に行ったと聞いて一安心。
何よりも子供、何よりもこども。
あとちょっと犬が心配。

最初の地震の直後、父ちゃんと電話がつながり所在を確認し合いました。
父ちゃんは首都高羽田なうで地震にあったということ。きょうは戻れないかもしれないということ、
子供たちはみつえに任せろということを報告し合ったところで余震があり、
前のトラックの荷が崩れ落ちただの、津波やばくねえか?とか
高速道路が波打って来る~~!!だのってとこで通話終了。
こりゃあしばらく会えないなっておもって、とっとと事務所を片付けて車で子供を迎えに行った。
道中でも余震が激しくって、電信柱ゆんゆん揺れてこわいこわい。
学童に着いたら、子どもたちいつも通り。あまりにいつも通り。
はじめは怖かったらしいけど、兄弟三人集まったらほっとしたんだって。
でもね、地震発生時、机の下にみんな隠れたんだけど、机ごと教室の片隅に流されていくんだって。
だけどなぜか長男だけ、みんなと違う方向に流されちゃったんだって。
仲間外れみたいでいやだったんだって。
しらねえよ。

帰路、踏切がバカになっていて、ずっと遮断されっぱなしだったようですごい渋滞。
縦長の小さなわが町はメインストリートがイカレると、もう身動きできなくなっちゃうのよ、
川と線路が道路より多いんじゃないの?ってところなので普段5分でつくところ
一時間かけて帰宅。
踏切をね、近所の若人たちが、ずっと持ちあげて通してくれるの。
みんなのために、ずっと持ちあげて。
本当はいけないと思うのよ、踏切持ち上げたりしたら。
けどものすごく助かった。渡らないと、帰れないもの。
見知らぬ若人、君たちは町の宝。

夕飯作れるかわからなかったから、コンビニによってパンやらおにぎりやら飲み物を買って帰宅。
父ちゃんがおかえり!って出迎えた、
あんたなんでいるの?生霊?父ちゃんの生霊?

そして父ちゃんは静かに話しだした。

おれもなぜ今ここにいるのかよくわからない。

地震直後、高速道路は次々に閉鎖され、降りるよう誘導された。
けれどおれはそれをなんとなく振り切り、誰もいない首都高をただただ走った。
とちゅうおしっこがしたくなって路肩で立ちションしてたら、一台だけ車が通った。
後にも先にもそれだけだった。

そして俺は今、ここにいる。

よくわからないけど、無事でよかった。
さすがバイク事故で車両全損になっても肩をすりむいただけで生き延びた男。
トラックの荷台から数百キロの荷物とともに落下し下敷きになっても
膝をすりむいただけで生き延びた男。
ほれなおす。




その後テレビで続々と被害の様子が克明になり、
涙しない日がありません。
家族のありがたさが身にしみたばかりで
なおのことつらい。
親を亡くした子供たちはどうなるんだろう。
子を亡くした親の心はどうなるんだろう。

私の大好きな親友が、塩釜にいます。
数日後にメールで無事を確認、昨日電話が来ました。
ずっと感じていた胸のつかえがすっととれた気がしました。
とても綺麗な人間、とても奇麗な人間とその子供、
どうか無事でいてと、万が一を考えると胸が締め付けられていた。
彼女の家は高台で、津波の被害は逃れたそうですが、
少し降りると家や車がめちゃくちゃだって。
幼稚園に下の子を迎えに行ったら水で道路が寸断されて
その日は幼稚園に泊ったとのこと。
ようやく先日電気が復旧したけど、水道はめどが立たず。
何か必要なものは送るといっても、宅配が届かず。
ガソリンはとうになくなって、自転車を乗り回しているって。
この一週間は家の片付けと生活物資の調達で駆けずりまわってへとへとだと漏らしていた。
久しぶりの電話がこんな電話って、なんだかねと言って
ちょっと笑って、ほっとした。
声を聞くってすごく大事。


テレビで映し出されていない、報道も立ち入れていない地域がまだあるはずです。
声が届いていない場所、ひとがいるでしょうね。
いつまでも弔いモードではもたないかもしれないけど、
風化してしまわないように、困った時は
ほんとにお互いさまだよね。








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弟は嫁さんが可愛くて仕方ないようで、
ずっと写真をとっていました。
マイLOVEひ◯み
というラップ調の歌を作詞し、
式で披露しました。
曲の半分は英語で歌い上げ、
さり気なく駅前留学経験をご自慢です。
司会に感想を求められたよめさんは、
「なにをいっているのかわからない」と
しっかり笑いをとっていました。

嫁としてかんぺき。

たのしい。兄弟の結婚式たのしい。

盛りまくった頭を何度もぶつけたけど、
弟とふたり、ダサい服着てきめきめポーズした写真がスクリーンに映し出されたけど
たのしい。

よめさんは、小さいころにおとうさんを亡くしてるんだって。

大丈夫、弟はとてもあほうだけど、
愛がずるずる溢れてこぼれるようなオトコだから、
何人分でもあいしてくれます。
うざいくらいに。

はやく姪っ子がほしい。