⭐️母の再々入院と2週間で考えた事
6月8日に主治医から特別訪問看護指示書(医療保険)がでてた2週間の期間が終わり、振り返れば私の考えも変化した気がする。
「母のために何がベストか」脳内99%それだった。
前回の投稿で、実家を拠点に、姉妹と看多機で在宅を支えていく仕組みがスタートするかのように書いたけど、期待通りに進まなかった。
退院後、母が尿閉した。私は長女の管を持参し導尿したけど、姉はできないから超心配した。
姉からの情報共有がなく不安ばかり膨らんで、母の状態が気になり眠れなかった。結果的に、訪看の判断もあり、知らぬ間にバルーン留置になっていた。
カンファレンス時、私から主治医に「もし、退院後、尿が溜まったら導尿していいですか?」と聞いた時、今回一過性で尿は出るでしょうと言ってたのと退院までの1週間はバルーン使用しないでも出てた。
母の身体への負担や不快感を優先に私は考える。
一方、姉は、現実的な方法を優先して考えていた。どちらが悪いわけでもなく、姉や支援者の考え方は現実的かもしれない。
これが母にとってのベストか、導尿指導できたのでは、退院5日めのバルーンは受け入れがたかったけど、実家拠点のため決定権がない。
同じ人を大切に想っていても、同じ景色をみているとは限らないことが度々痛感することがあって、母のことばかりでなく自分のことも同時に見つめ直す2週間になった。
振り返ると、看多機側も退院後の母の状態を慎重に見ていた時期だったのかもしれない。そして、登録リセットになり、通常の介護サービス利用へ方向転換、今後の継続を考え始めていた矢先の再度救急搬送🚑
夜、悪寒し身体が震え始め、大汗をかいて呼びかけても反応が鈍くなった。初対面の訪問医を呼んだ。
その夜は在宅で様子を見る選択肢と病院搬送の選択肢を示され、最終的な判断を家族に委ねられた。訪問医の体温計が電池切れで熱が確認できなかった。
そのため、点滴はすぐしてもらって、帰宅した姉に体温計を探してもらうと8度近い熱があり、酸素低下、意識障害もきていたため救急車を呼んだ。
⭐️母の再々入院
診断は、肺の画像は前回と同じで悪化してなかったけど右の気道が狭くなってた。尿の混濁あり尿路感染していた。
翌朝には熱下がり、母は入院から3日間くらいは、実家では見たことがないほど表情が良かった。目をしっかり開け、反応もあり、何かと笑顔もみられた。看護師さんにもすぐ笑顔を見せていた。
ここしばらく実家で見ていた母とは違って見えた。最近は目を閉じていることが多く、「母はもうこういう状態が続くのかな」と思い始めていた矢先だった。
母が見せてくれた表情や反応に、少しでも近い環境を家でつくるにはどうしたらいいのだろうと考えていた。
ただ、入院3日過ぎたら、それほど笑顔が見られなくなった。良くなったと思えば寝てばかり、分かったと思うと分からなくなる。
そして、再々入院した母は、今週木曜に退院した。
入院翌日、嚥下機能評価にきた若い子が、母に声かけ覚醒しないから諦めて今日はしないという。聞くと、このままだと食事再開まで数日かかる説明だった。(前々回の入院時に担当しましたと現れた。絶食+手ダラン寝たきりになった入院)
私から声かけ起こした。そして、評価してもらった。難なく飲み込んで、翌日からゼリーとお茶が出て、退院3日前からお昼のみペースト食も出され完食した。
一方で退院前、訪看やケアマネとの話し合いでは「食事はお楽しみ程度一口二口」「看取りを理解する時期にきてる」「経管栄養にするかどうか」説明された。
姉も私も覚醒してる時、少しずつでも口から食べる時間を大切にしたい。
⭐️私の不調
ここ数日は、粥、ゼリー、ヨーグルト…少量であまり食べられない。喉や副鼻腔もやられてて薬飲んでいる。
たぶん5月下旬頃かな、2拠点から1拠点問題のとき、脳に強いストレスかかり、そのあとすぐ母の尿閉問題から「喉につかえ感」がでた。
そして、先日、病院帰り、次女くんから連絡きて落ち合い、雑炊とポテトをシェアされて話しながら食べているとき、誤嚥しかけ、急におかしくなり、帰ってから一睡も出来なかった。逆流性食道炎の症状、その前日、耳鼻咽喉科の薬を飲み始めてた。
一睡も出来ず、家の中を歩く一歩もシンドかった母の退院前日は、訪看代表から退院前に話しておきたいと言われ実家に行った。この日から足がUber🚕
ちなみに、昨日、胃カメラし熱あがった
4月頭にひどい副鼻腔炎、上気道炎になったから、喉の神経が過敏に書き換えられてた。でも、この不調は、命には限りがあることを頭でなく身体で感じられた。
話を戻すね
前回の退院後からいろいろあり、長女と共有できてたら、私と同じに感じたはず。きっと長女なら私以上に怒ったり、私以上に傷ついた。
だからこそ、長女を分かってあげられなかったことに気づけた。そんな長女に「ごめんね」でしかない。
母のことを考え続けたけれど、同時に自分を見つめ長女を想う毎日だった。
⭐️映画「プラダを着た悪魔2」
女王の貫禄ミランダ、ゴージャスさゾクゾク
初シニア額
⭐️ ル カフェ ドゥ ジョエル・ロブション
母の入院中は、病室から用事で抜けて夜21時頃まで病室にいた。診察帰り
山本山の海苔弁は時間が間に合わず。ココも久しぶりやわ
デカフェ
次女くんと代々木タリーズで落ち合った
⭐️茶語 新宿高島屋
魚リゾット
⭐️ cafe milkygreek 新宿御苑店
たけー
⭐️Ciao 橋 Coffee
2度め
⭐️ ONE PLATE
次女くんと
⭐️ THE COFFEE MARK
ミャンマー
姉にもテイク
バナナココナッツケーキ アッサリ美味しかった
⭐️ギャップカフェ新宿フラッグス店
悪友と
実家通いは、午前のうち出てデパ地下升本でお弁当、母のペーストレトルト、ジュース、デザートなどと、オニギリやらも持参し食べ過ぎてたかも。姉にもお弁当やスタバ持参してたよ。最初の頃はw
母に
志むら水羊羹も母に
これニュー
食は大切だけど命ではない、入院前の宅配
具は入れずこして母が食べてた
原告の会の芸術家にハガキをいただいてたので、観に行けて良かった!
素晴らしい作品、原告の会の方々に会えた
ソーラーパネルを使って動く
22時頃、病院帰り次女くんに落ち合い中央公園
楽しかったけど、このあと食べて急変したのよ












































































