離婚&未婚ママ☆なみ
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高校時代

少し離れた市にあった女子高に通った。
勉強は相変わらず…だったが、宿題だけでいっぱいいっぱいになった…。
そのために、それまでずっと続けていた音楽関係の習い事も高校入学してしばらくしてからすべてやめた。
学校のクラブは、どのクラブもあまりさかんではなかった。週一程度。
私はボランティア関係のクラブにはいった。おかげで外部にも友人も増えた。
学校の友達はそれなりにできた。特に仲のいい5人の仲間で、学校近くの唯一の遊び場所のカラオケに、月一位でほか弁をもっていったのを思い出す。その仲間とは卒業旅行にも行った。

そんな私の重大な出来事…初カレができたことと大学入試。

彼氏は8つ上の社会人。クラブ活動で知り合った。私から好きになりデートに誘って…それから中距離恋愛がはじまった。1年半ちょっと続いただろうか…。車でのデート、仕事の話、驚くような大人の男女の話、今思うと、背伸びして付き合っていたような気がする。でもすごく好きだった。

大学は…私立に進むことにしていた。当時は好きだった英語を学びたいと思っていた。
が、3年の時ある和歌と出会い、和歌の奥深さに心うたれ、国文学に転向…。我ながらなんとも単純である。夢は変わりなかった。同じ夢なら満足い道をいきたかった。結果、関西のある女子大に進学、地元を離れ、生活を始めたのである。

中3 受験へ

私の反抗期は不登校も中2の3学期にはなくなり、中3にはおちついた。
いじめの経験から陰口も気にしていたので、友達は特定の人としかしゃべることはできなかったが、開き直って学校にいきはじめていた。
私には当時、夢があった。中学教師中2で思春期の私につきあってくれた、担任の先生のようになりたかった。
それまでの先生はひどかった…。
最近いじめのニュースで卑劣な色んな教師の話がよく出るが、当時も、多数そのような教師は多くいたものだ。
しかし、中2の担任は、目立たない子へも目を向ける、SOSをききつける、そういう先生だった。
先での大学進学を志した私は、自分と向き合うこととなった…
とは言っても、たいした勉強はしない…ただ、学校へ行くようになったというだけ。
中2からずっと好きな習い事は皆勤を続けていたし、ただ学校から逃げないと決めたことが大きくかわった。
それでも第一志望の私学の入試1週間前、知り合いに家庭教師を頼み、受験科目を一通りした…。果たして合格、高校入学が決まったのである。
地元から少し離れた学校で、昔の自分を捨てたい…、それも志望の理由の一つだった。
案の定、その高校へは同じ学校からの入学者は私以外に一人しかいなかった。

反抗期

思春期といえば…反抗期。小5から中2の間…私の反抗期はすごかった。

私は外面はよく、内弁慶な子供であった。
学校では真面目な目立たない、でも調子にのってる子…。でも思うようにならず、現実から逃げて不登校もした。
そしてうちに帰ると、頭にきたら即行動…家出にはじまり母への暴力…あざができたこともある。
母は私を信じていたんだというが、母は私に何も言わずよくつきあってくれたと思う。
学校を休むと言えばわかった、と休ませた。
家をとび出すといつもおいかけてくれた。
叩いても「叩いて気がすむならいくらでもやりなさい!」と何もせず。

私はいい子になりたくて、自分を認めてもらいたくてもがいていたんだろうと、今になって思う

でもそんな私を、母は、他人に何をいわれようと信じて守ってくれた…

母には心から感謝しているし、尊敬している。