カモメが青い空を泳ぎ、カツオが蒼い海で小魚を追う。
白い雲がアクセントになって、青と蒼の色合いがよりいっそう引き立つ。
白いキャンバスに青を描いたのか、青いキャンバスに白を描いたのか、と一瞬考えようとしたが、そんな事はどっちでも良い事に気づく。
そんな気持ちの良い一日の始まりに、支倉常長の長い長い旅も始まった。
「う”~、頭が・・・・二日酔いだ・・・」
「船に乗れば船酔いになるのだから、二日酔いも船酔いも一緒じゃ!」
「う”~・・・」
「急がねば、船が出てしまう!十兵衛、早く起きろ!」
「常、お前が使節団の団長なんだから、お前が行くまで船は出んよ。もう少しだけ・・・」
「つべこべ言うな!起きて、早く仕度をしろ!」
昨夜、月を眺め、歌い、酒を呑んでいたら、いつのまにか月が太陽に替わり、あっ、という間に出航の時間が近づいていたのだ。
ドタバタと馬を駆けらせ港に着くと、すでにガレオン船サン・フアン・バウティスタ号の準備は整っており、出店と見物客も大勢集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
常長一行が港に到着すると、その人混みがまるでモーゼの十戒のように真っ二つに割れた。
それもそのはず、侍たちの後に続いてきたのは、10名ほどの三味線を持った楽団、そのまた後ろには遊郭の女達が10名ほど続いているのだ。
昨夜の酒の席で、長い航海にはエンターテイメントがかならず必要になるはずだ、と、常長と十兵衛の話はまとまり、急遽、彼らも誘うことにした。
彼らも彼らで、異国への豪華な船旅に行く気はないか?、と誘ったら、2つ返事で了承したのだった。
「ハセクラ サン、コノヒトタチハ ダレデスカ?」
ルイス・ソテロが、微妙な表情を浮かべ、常長を出迎えた。
「話は後だ。まず、殿に、挨拶に行かねばならん。この者達を、こっそり乗船させてくれ。この旅の成功は、彼らにかかっていると言っても過言ではないんだ。」
「シャミセン ギター ト キレイナ フク ヲ キタ オンナ ガ デスカ?」
「そうだ!」
「シャミセン ギター ト キレイナ フク ヲ キタ オンナ ガ デスカ?」
「そうだ! 同じ事を2回聞くな。私は、今、急いでいる。とにかく、乗船させてくれ。」
「ワカリマシタ・・・、シカシ、セキニン ハ ハセクラ サン ガ トッテクダサイヨ」
「わかった。」
頭の固い宣教師だ。
自分こそ着物の着かたもわからずに、訳のわからぬ異国の「服」などというチャラチャラしたものを着てるくせに。
そもそも、あいつに指図される覚えなどない。
まったく、本来なら朝食前に井戸の水で体を清め、それから温麺
とにかく、まずは殿に挨拶せねば。
丁度その頃、伊達政宗一行も月の浦港に到着した。
「殿、支倉常長が参りました。」
「そうか、常長よ、近こうよれ。」
「殿、この度は私にこのような名誉を与えて頂き、感謝しております。必ずや、スペイン、ローマの地を踏み、通商交渉を成功させて参ります。」
「常長よ。伊達の未来はお前に託されている。これが成功すれば、この伊達政宗は徳川を、いや亜細亜までをも支配する力を手に入れることができる。それゆえ、失敗は許されない。わかるな、この意味が?」
「御意のとおり。この常長、命に代えても、必ずや成し遂げて参ります。」
「うむ。すべて必要なモノは船に積んである。常長、伊達の輝ける未来を、手に入れてくるのじゃ!」
こうして、慶長18年(1613年)、ある晴れた9月、のちに「慶長遣欧使節」と呼ばれることになる支倉常長の一行は、石巻の月の浦港を出航したのだった。
つづく。