三浦アルプス横道トレッキング大沢・畠山 山頂の怪 その2
畠山の山頂に、二度来た目的の調査を開始します。
中央付近に有る3面地蔵尊(観音様)を縦・横・斜めから調査したが、書き込まれた
文字(彫刻)が風化と苔で良く判らない、写真にするともっと判らない!
覗き込む角度を変えたりしてノートに書き込んだ。
○治三十一年、、、帰宅後調査した結果 時代で三十一年続いたのは明治と判明
この頃、イギリスに戦艦を発注したりしている。ロシア、中国とももめていたと思う、
そこで海軍!は防空施設(砲台等)を作るべく頂上を平坦に加工し、土塁を築き
穴を掘ったり工事を始めた。
何かの事情が発生したと思われ突然中止し撤退してしまった。!
根拠 1: 日本の元号で戦前30年を越すのは”明治”だけなので時代は
明治31年と判明。
根拠 2: 205mtの山頂がやたら広い、しかも水平に広いのは人工的に加工した
のではないか。!
根拠 3: 頂上の裾の一部分が石積みに成っている(ガラ石)!。!
根拠 4: 頂上の2方向が窪んでいるのは、砲台を設置するために掘ったの
では!。
根拠 5: 以上の上記事項を準備(工事)した状況証拠の1番は、セメント袋に入
ったコンクリートと言うか袋に入ったまま固まってしまった、セメントが藪
にゴロゴロしている。
理由は不明だが、工事中止と決まり担ぎ上げたセメント袋を30~40袋そのまま放置したのだ!
不要のセメントを人力で下ろす訳もない、当時のセメント袋は筵(むしろ)袋だった
ようで、放置されたセメントの固まりには全て筵の目(模様)がついている。
以下上記状境の写真を掲載してみます。
広すぎる平らな頂上
3面観音(地蔵)の左側には○治三十一年も文字が読める(明治31年)。
ココ行くとガラ場が有る ○のあたりが窪んでいる。
○印のセメントは特に筵目が鮮やか!に出ている↑↓
北東から下を覗くと横横インターが良く見え左が本町山中線 右が一般道に出る
左の緑葉山インターサイドゴルフ場
送電線は大矢部線
猿島や中央方面が良く見えるが馬鹿カメラめが!
防大方面の展望もある。
と言うことで1件落着、何度も上がった事により色々な目配りも出来たのではないかと思う。
次は三浦アルプストレッキングマップの阿部倉山(161mt)、地図を斜めに横断している二子山自然遊歩道(馬頭観音)が未踏なので検討したい。
※行った所:鷹取、上二子山(208mt)、下二子山(206mt)、仙元山(118~180mt)
観音塚(167mt), 芽塚(212mt)、乳頭山(200mt)、面倒くさ~。
それでは又次回お楽しみに!!
何と、先日またまた畠山に行って来ました。
第三の登頂ルート発見、巻道も、全容解明








































