苦心の学友 (1927年) 佐々木邦 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

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日本児童文学体系
 

 

 佐々木邦

 

 

 

苦心の学友  (1927年)

 

 

 

お屋敷からのお召 夕刻のことだつた。  「内藤さん、速達!」 と呼ぶ声が玄関から聞こえた。郵便物と新聞は正三君が取次ぐ役だ。  「お父さん、速達ですよ」  「ふうむ。何御用だらう?」 とお父さんは居住まひを直して、大きな状袋の封を丁寧に鋏で切つた。伯爵家から来たのである。 正三君のところはお祖父さんの代まで花岡伯爵の家来だつた。尤もその頃は伯爵ではない。お大名だから、お殿様だつた。今でも伯爵のことをお殿様と呼んでゐる。正三君のお祖父さんは大殿様から三百石戴いてゐた。今なら年棒である。お金の代りにお米を三百石貰ふ。一石三十円として九千円。今の大臣以上の棒給だつた。  「三百石といへば大したものだよ。陸軍大将になつた本間さんなんか三人扶持の足軽だつた。実業界で幅を利かしてゐる綾部さんが精々五十石さ。溝口の叔母さんのところが七十石。お前のお母さんの里が百石」 と正三君は三百石の豪いことをお父さんから度々聞かされてゐた。  「これ、お貞、お貞、お貞。お貞」 とお父さんは返辞のあるまで呼び続けるのが癖だ。  「はいはい、はいはい、はい」 とお母さんも返辞だけして、ナカナカ仕事の手を放さない癖がある。  「お貞や、お屋敷からのお手紙だ」  「まあ」  「お殿様が俺に御相談があるさうだ」  「御冗談でございませう?」  「いや、本当だよ。御覧」 とお父さんは得意だつた。 粛啓  時下残暑凌ぎ難く候処益々御清穆の御事と 存上候却説伯爵様折り入つ直々貴殿に御意得 度々思召に被在候間明朝九時御本邸へ御出仕可然此段申進候早々頓首   八月十五日              花岡伯爵家                富田弥兵衛  内藤常太郎殿  富田さんは家令だ。もう年寄で目が悪いから一寸角ぐらゐの字で書いてある。  「まあ、何でございませうね?」 とお母さんは合点が行かなかつた。大将や重役になつてゐる家来のところへは時折特別に有難いお沙汰があるさうだが、三百石の内藤常太郎さんはそれほど出世してゐない。正月の二日に御機嫌を伺つて、四月の観桜会へ招かれるだけだつた。  「何だらうなあ?」  「あゝ分かりましたよ」  「何だ?」  「あなたが余り御無沙汰をしていらつしやるから、呼び出して切腹仰せつけるかも知れませんよ」  「馬鹿を言ふな。これは決して悪いことぢやない」  「さうだとよろしうございますがね」  「さうでなくてどうする?お殿様が直々折入つてお願ひがあるといふんだもの。お前は俺にもつと敬意を表さなければいけないよ」 とお父さんは威張つて見せた。

 

 

佐々木邦

 

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

佐々木 邦(ささき くに、1883年(明治16年)5月4日 - 1964年(昭和39年)9月22日) は日本の作家、英文学者。弟・順三は立教大学総長。

 

 

沼津市生。 6歳のとき父 (佐々木林蔵) の仕事(明治政府建築技師)で上京、青山学院中等部卒、慶應義塾予科より明治学院に進み卒業。卒業後、釜山の商業学校教諭、第六高等学校(岡山)教授、慶應義塾大学教授、明治学院高等学部講師(一時離職後、戦後、明治学院大学教授として復職)を歴任、英語と英文学を教えた。1936年辰野九紫らとともにユーモア作家倶楽部を結成、1937年11月より機関誌「ユーモアクラブ」を創刊しユーモア文学の発展に尽力する。国際マーク・トウェイン協会名誉会員。1961年児童文芸功労賞。1962年紫綬褒章。

 

 

日本のユーモア小説の先駆けにして第一人者。学生時代より、夏目漱石、マーク・トウェイン、ジェローム・K・ジェローム等の欧米のユーモア作家に影響され、多数執筆。その作風は、良識に裏打ちされたユーモアに富み、昭和初期のサラリーマン階級を舞台に、家庭的な笑いに焦点を当てている。そのうち18作品は映画化されている。1974年に講談社から15巻の佐々木邦全集が出版された。

 

 

作品
おてんば娘日記 内外出版協会 1909
当世細君気質 内外出版協会 1910
二人やんちゃん 女子文壇社 1911
英語の基礎 重要語句文例 丁未出版社 1917
英語の精髄 重要語句解説文例 丁未出版社 1918
珍太郎日記 弘学館 1921 のち春陽文庫
ぐうたら道中記 弘学館 1923
ノラクラ倶楽部 主婦之友社 1925
文化住宅 京文社 1925
夫婦者と独身者 主婦之友社 1925
好人物 京文社 1925
文化村の喜劇 京文社 1926
娘の婿たち 諧謔小説 京文社 1926
笑の王国 京文社 1926 のち春陽文庫
親鳥子鳥 大日本雄弁会 1926
世間相人間相 大日本雄弁会講談社 1927
主権妻権 大日本雄弁会講談社 1928
次男坊 諧謔小説 大日本雄弁会講談社 1928 のち春陽文庫
明るい人生 佐々木邦集 1928(現代ユウモア全集)
『愚弟賢兄 諧謔小説 大日本雄弁会講談社 1929 のち春陽文庫
脱線息子 大日本雄弁会講談社 1929
笑の天地 現代ユウモア全集刊行会 1929(現代ユウモア全集)
夫婦百面相 諧謔小説 弘文社 1929
新家庭双六 大日本雄弁会講談社 1930
『苦心の学友』大日本雄弁会講談社 1930 のち少年倶楽部文庫
佐々木邦全集 全10巻 大日本雄弁会講談社 1930-1931
全權先生 大日本雄辯會講談社 1932
少女百面相 大日本雄弁会講談社 1933
『村の少年団』講談社 1933 のち少年倶楽部文庫
大番頭小番頭 大日本雄弁会講談社 1933 のち春陽文庫
地に爪跡を殘すもの 大日本雄辯會講談社 1934 のち春陽文庫
『人生初年兵』大日本雄弁会講談社 1935 のち春陽文庫
勝ち運負け運 昭和長篇小説全集 新潮社 1935
トム君・サム君 講談社 1935 のち少年倶楽部文庫
世路第一歩・求婚時代 現代ユーモア小説全集 アトリヱ社 1935
人生の年輪 春陽堂 1938
青春豪華版 ユーモア小説傑作全集 春陽堂 1938
出世倶樂部 大日本雄辯會講談社 1938 のち少年倶楽部文庫
家庭三代記 春陽堂 1938
紅白うそ合戦 大日本雄弁会講談社 1939
明朗人生 鱒書房 1940
兄弟行進曲 偕成社 1940
嫁とりアルバム 東成社 1940
お隣の英雄 大日本雄辯會講談社 1940
曇のち晴 偕成社 1940
級の人達 偕成社 1941
強情二人男 東成社 1941(ユーモア文庫)
小学出と大学出 東成社 1941(ユーモア文庫)
変人伝 長隆舎書店 1941
王将聯盟 博文館 1941
豊分居雑筆 春陽堂 1941
村一番早慶戦 東成社 1941
奇人群像 春陽堂 1941
お互の青春 大都書房 1942
負けない男 大白書房 1942
女性は強し 輝文堂書房 1942
嫁とり婿とり 文松堂 1942
ほがらか道中記 文松堂、1942
ロマンスの発育 東成社、1942
明暗街道 大白書房 1942
文化村綺談 長隆舎書店 1942
青春夢 博文館文庫 1942
凡人大悟 輝文堂書房 1942
正会員生活 大都書房 1943
世間と人間 白林書房 1943
友情の歯車 輝文堂書房 1944
素顔の時代 国民文庫刊行会、1944
海兵 輝文堂書房 1945
明朗人生 コバルト社 1946
求婚時代 リンゴ書院 1946
ロマンスの憧れ 北光書房 1946
友情行進曲 アルス 1946(ユーモア文学選書)
百万円合戦 中央社 1946(ユーモア文庫)
凡人傳 大日本雄辯會講談社 1946
人生縮図 文学社、1946
豊分居閑談 開明社 1947
美人自叙伝 北光書房 1947
兄弟行進曲 偕成社、1947
『ガラマサどん』太白書房 1948 のち春陽文庫、大衆文学館(文庫)
友情の扉 光文社 1949
仲よし問答 朝日新聞社 1949
『心の歴史』大日本雄辯會講談社 1949
僕らの世界 光文社 1949
佐々木邦傑作選集 全12巻 太平洋出版社 1950-1952
大ものクラブ ポプラ社 1952
妻の秘密筥 東成社 1952(ユーモア小説全集)
『求婚三銃士』春陽文庫 1952
あこがれの都 ポプラ社、1952
冠婚葬祭博士 春陽堂書店 1953(現代ユーモア文学選)
奇物変物 大日本雄弁会講談社 1953
明治學院生活 1953年版(編)現代思潮社 1953(大学生活シリーズ)
恐妻病者 東方社 1954
人生は七〇% 大日本雄弁会講談社 1954
恋愛早慶戦 東方社 1954
青春三羽烏 東京文芸社 1954
親友アルバム ポプラ社 1955
人生明朗曲 東京文芸社 1955
おばこワルツ 東方社 1955 のち春陽文庫
人生若旦那 東京文芸社 1955
新家庭双六 東方社 1955
喧嘩人生 東京文芸社 1955
御婦人閣下 東方社 1955
花嫁三国一 東京文芸社 1956 のち春陽文庫
ロマンス時代 東方社 1956
アパートの哲学者 東方社 1956
無軌道青春 東方社 1956
恋愛心理学 東方社 1956 のち春陽文庫
新夫婦日記 東方社 1957
青春文化運動 東方社 1957
赤ちゃん 中央公論社 1958
ユーモア百話 研究社出版 1958
ガラマサ社長 春陽文庫 1962
英米小ばなし 研究社 1962
人生エンマ帳 東都書房 1963
佐々木邦の手紙 山蔦正躬篇 みちのく豆本 1971
大衆文学大系22 佐々木邦、獅子文六 講談社 1973
佐々木邦全集 全10巻補巻5 講談社 1974-1975
少年小説大系 第21巻 佐々木邦、サトウ・ハチロー集 三一書房 1996
佐々木邦心の歴史 みすず書房 2002(大人の本棚)